3月4日
一つ欠伸をこぼしながら、何気なく動かした視線が捉えたのは、壁に掛けてあったカレンダー。
「…あ」
暫く見つめ、日付を数え、今日が何日なのかを確認した時、思わず小さな声を上げる。
「どうしたんですか?旨篤さん」
椅子に座ったまま長い事静かだった。
だから昼寝でもしているのだろう、と思っていた旨篤が突然声を出したので、何かあったのかと漉火が尋ねる。
しかし、それには答えず、旨篤は席を立った。
「俺様は用を思い出した。ちょっと出て来る」
「いってらっしゃーい」
元々どうという仕事が無い部隊。
隊長がいなくても実は支障が無い。
ゆえに、漉火は旨篤が行ってしまったのもさほど気にせず、やりかけていたパズルに再び手を伸ばした。
…パズル?
どうという仕事以前に、遊んでたのかコイツ!
はて、流れ弾犠牲部隊の普段の仕事とは果たして…。
…まあ、それはともかく。
部屋を出た旨篤は、廊下をスーッと飛んで移動した。
多少魔力は使うものの、歩くよりこちらの方が速いのである。
他の種族に比べて魔力が非常に高い魔族には、何てことはない。
不発弾処理班が仕事をしている庭に出ると、着地し、辺りを見回す。
――…いないな。
次に、少し離れた所にいた夜栄に声を掛ける。
「夜栄、ちょっと来るのだ」
それに気付いた夜栄がふっと姿を消し、次の瞬間、旨篤の足元から出てきた。
地面に同化しての、高速移動ができるのである。
奇妙な光景ではあったが、無論旨篤は動じる事無く問い掛ける。
「トキは?」
夜栄は、ああ…と言いながら、顔を寮の方へ向けた。
「何か用があるとかで、部屋に…」
旨篤もそちらへ顔を向けながら、眉をひそめる。
「…どうした?」
首を傾げる夜栄の方に向き直り、旨篤は、うむ、と頷いた。
「今日は、3月4日なのだ」
「?」
夜栄が、今度は反対側に首を傾げる。
「…お前の誕生日か…?」
「違う!」
旨篤は大きな声を出しながら、腕を組んだ。
「6年も付き合っているのだ。流石に俺様も覚えたぞ」
いつもの、少しポヤッとした表情のまま、夜栄が言う。
「鴇慈の誕生日か…?」
「違う!!まったくお前という奴は!普段はそれが楽しいが、今回ばかりはそうも言っておれん!」
ビシィッと人差し指を夜栄の鼻先に突きつけ、キッパリと言う。
「寮内を隈なく探せ。恐らく今日、アイツは――」
そこまで言った旨篤の言葉に、夜栄はようやく思い出したような顔をした。
「…すぐに、探そう…」
そして、夜栄の体が地面に沈んだ。
続いて、旨篤がふわりと宙に浮かぶ。
「…普通に、部屋に戻っていれば良いのだがな…」
受付を覗き込むように、顔を出したのは琥香だった。
「迢」
名前を呼ばれ、彼女の顔を見て、迢は小さく息を吐いた。
「…手配はしてある」
それを聞いて、琥香はちょっと目を瞬いた。
「あら、手際が良い」
そしてクスクスと笑う。
「コレだけ毎年の事だ。向こうも『はい、そうですか』という感じだった」
「今年はまだだけどね」
「まもなくだろう」
琥香の笑顔が、苦笑へと変わる。
「いつまで、かしら」
迢は目を伏せながら言った。
「もうすぐ鳶慈が来る。そうすれば、大丈夫じゃないのか」
「…だと、良いけど…」
そう言いながら、琥香は寮の方へ歩いて行った。