いつも通り、遊々と廊下を歩いていた宙爲が角を曲がった時、鴇慈の背中が見えた。
この時間に、彼が寮の中にいるなんて珍しい。
因みに宙爲達が中にいるのは全然珍しくない。
理由は簡単。
雪が全然降らないからである。
この冬も、一応降るには降ったが、積もる事は無かった。
だから彼らは、しょっちゅう寮の中をフラフラしていたりするのだ。
曰く、『コレは寮内の見回りであり、仕事のうちである』らしいが、…まあ、そういう事にしてあげよう。
――忘れ物でもしたのか?
しかし、彼らの仕事道具は外にあったような…などと思いながら、とりあえず声を掛けてみる事にする。
「よう、鴇慈。珍しいじゃないか、こんな時間に…」
こんな所にいるなんて、と、それはそれは彼らしく、明るく朗らかに話し掛けたのだったが。
ドンッ
突然鴇慈の大きな背中が傾き、肩が壁にぶつかった。
「……あれ?」
ポカンとする宙爲をよそに、そのままズルズルと体が沈んでいく。
「……」
間。
「…リーダー」
暫し後、同じく隣で呆然と見ていた遊々が声を出した。
「何か…班長変ですけど…」
「…そうだなぁ」
その言葉に宙爲が我に返った。
「……って、ちょ…っ、おい、鴇慈!」
完全に座り込んで、壁に寄り掛かった状態になっている鴇慈に駆け寄る。
肩を揺すってもう一度名前を呼ぶと、鴇慈は気だるそうにこちらを見た。
「…宙爲…?」
「どうしたんだよ、お前…」
そう言いながら鴇慈の顔を見て、宙爲はすぐにわかった。
額に手を当ててみれば予想通り、自分と比べるまでも無く酷く熱い。
「…熱、あるのか?そういえば前に、結構風邪とかひくってお前言ってたなぁ」
しかし鴇慈は何も言わず、そのまま目を閉じてしまう。
「……おーい、まさかこんな所でいきなり寝たんじゃないだろうな…」
反応は無い。
さて、どうしたものか。
彼の部屋、もしくは医務室に運んだ方が良いのだろうが、何せ鴇慈は団内で一番大きい男である。
全体重を預けられる状態になると、それなりに重労働だ。
――ユキと二人なら、できない事もないだろうが…。
そんな事を考えていたら、後ろから声が聞こえた。
「…部屋に運ぶぞ」
「うわっ!!夜栄、お前いつの間に!?」
あまりに突然の夜栄の出現に、宙爲は思わず大きく後ずさった。
「今だ」
そんな宙爲の態度も気にせず、夜栄は淡々としている。
「今って……。まあ良いや。お前がいるなら平気だな。担架とか…ああ、アレか」
廊下の端にあるロッカーから担架を一つ取り出し、鴇慈をゆっくりと乗せる。
一応戦闘団だし、こんな物も置いてあったりするわけで。
宙爲と共にそれを持ち上げた時に、夜栄は遊々に言った。
「旨篤に…部屋に連れて行ったと言ってくれないか」
宙爲について行く気だった遊々は一瞬ムッとした顔をしたが、宙爲がそうしてやれと言ったので、仕方なく旨篤を探しに行く。
こちらを気にしてたまに振り返る遊々に手を振ろうとした宙爲は、今手を離したらバランスが崩れる事に気付いた。
担架を落としてしまったら大変である。
「さ、こっちも行くか」
そして歩き出してすぐに、宙爲は苦笑した。
「しかし、ビックリしたなぁ。コイツが倒れるなんて」
もう春なのに、倒れるほど酷い風邪かよ…とも言ったが、夜栄は首を横に振った。
「違う。今日だから、倒れたんだ」
「?」
前を行っていた宙爲は、振り返らずに尋ねる。
「『今日』だから?」
「鴇慈は、毎年今日になると熱を出すんだ」
決まった日付に熱を出すなんて、実に奇妙な話である。
「…どういう事だ…?」
けれど夜栄は答えなかった。
「まず…部屋に運んでから…」
それもそうか、と素直に宙爲は頷くのだった。