二人が出かけた時間が近付くと、だんだん体が強張ってくる。
手が冷たくなって、でも汗をかいて。
嫌だと思う。
何が嫌なのかというと、それ以降の時間が来るのが嫌なのだ。
いつものように幼い弟と過ごす午後。
土産の一つや二つを手にしながら、笑顔で帰ってくるはずの両親。
夕方には帰ると言っていたのに、八時になっても無い連絡。
九時近くになってようやく鳴った電話から聞こえる、冗談のような言葉。
ついていけば良かったとも、ついていかなくて良かったとも思えない。
ただ、『行かないで欲しい』と。
今更そう思ったとしても、何もかもが無駄だとわかってはいるのだけれど。
誰の事も怨んではいない。
せめて鳶慈が残ってくれて良かったと思う。
それでも心の何処かで、迎えてしまった現実を否定している自分がいるのだ。
来なければ良い。
3月4日の午後なんて来なければ。
「…ちゃんと、強くならないとな…」
呟かれた言葉に、迢は目を見開いた。
これ以上?とすら思った。
精神も身体も自分より遥かに強いと思っていた彼が、今以上の強さを求めているなんて。
――贅沢者。
そう言ってしまいそうになったが、違うのだ。
彼が必要と思う強さと、自分が必要と思っている強さが、最初から桁違いなだけで。
贅沢を言っているのではなく、最初の目標にまだまだ足りてないのだ。
「お前は…よくやっているよ。むしろ頑張り過ぎなくらいだ」
すると今度は鴇慈が、軽く目を見開いた。
「どうした?」
「いや、『頑張り過ぎ』って、さっき琥香にも言われたから」
「そうだろうとも。きっと皆そう思っているんだよ」
コップを流しに持って行きながら、迢は言う。
「俺は、まだまだ足りないと思うんだけどなぁ」
「…何処まで強くなるつもりだ」
「俺が納得するまで」
「それがどれくらいか知らないが、適当な所で納得する事だな」
「そうだなぁ、具体的に言えば…」
暫し間。
「………言えば?」
何故か返事は無い。
会話が止まってしまったのを疑問に思い、ベッドの所へ戻ってきてみれば。
「……信じられん奴だな……」
話の途中――しかも自分が話してる側――だったにも関わらず、鴇慈は眠ってしまっていた。
――本調子じゃないから、というだけで済むような事でもないと思うが。
だが寝てしまったものは仕方ないので迢は、鴇慈をきっちりと寝かせて布団も掛けてやって部屋を出た。
あの鴇慈の事だから、恐らくもう先程の話の続きを聞く事は出来ないだろう。
――結局、具体的に言って何処まで強くなりたいと思ってるんだアイツは…。
自分には解り得ないであろう彼のその思いに対し、迢は大きく溜め息をついた。