はじまり、はじまり


「おー…流石に遠そうだなぁ」
バスの終点、街の端っこ。
後ろは建物、前は溢れる自然物、伸びている細い道と遠くに見える崖や山。
もうココから先は歩くしかない。
「こりゃ、向こうに着いたらまず自転車準備してもらわないと面倒だ」
そう呟きながら鴇慈は荷物の中を探り、一枚の紙を引っ張り出した。
『君も宇宙征服を目指す戦闘団に入ってみよう。性別種族能力不問。誰でも熱烈歓迎。とりあえず連絡下さい』
最後には北斗七星団という文字。
それが戦闘団の名前なのだろうが、どうにも怪しい広告である。
まず字が適当。
そして地図がよくわからない。
これは後でわかる事だが、描いた本人が方向音痴であるせいらしい。
また、戦闘団の癖に誰でも歓迎してるのも妙だ。
腕に覚えがあるとか、特殊な能力を持っているとか、そういうのは関係ないのだろうか。
まあ最高に怪しいのは『宇宙征服を目指す』という所なのだが。
しかし、何故か鴇慈はこの広告が妙に気に入っていた。
戦闘団に入ろうとは思っていなかったのだが、コレを見た時何かが引っ掛かったようである。
――多分コレ、面白いぞ。
そんなノリでココまで来てしまった模様。
若気の至りというヤツだ。
皆は絶対真似をしちゃいけないぞ!
…ともあれ。
――終点から徒歩七時間って、一体どんなだよ…。
こみ上げてくる笑いを何とか抑えながら荷物を持ち上げ歩き出す。
多分、普通はこの街のこんな所まで来た事も無い人の方が多いだろう。
それなのに自分は、ココよりもっとずっと先で暮らす事になるのだ。
不便極まりない、けれどそこがまた良い。
――『いつ来ても良いよ〜』とか言ってたし、いつになっても構わないんだろ。
別に今日行くと連絡をしたわけでもない。
万が一道に迷い、今日中に辿り着けなくても問題は無いだろう。
何やらお互い非常にアバウトである。
――まあ、遅くなる事はあっても、これで迷うとも思えないけどな…。
七時間後に何処まで進んでいるのかはわからないが、少なくとも視界の中では一本道。
多少曲がっていてもひたすら一筋しかないので、道を通らないとでも言われない限り迷う事は無さそうだ。
しかし、こんなにも何も無い所を七時間、一人黙々と歩いていくのもどうだろう。
――もうちょっと面白味のある道だったら良かったのにな。
ラジオの一つも持って来れば良かったかもしれない。
もしかすると電波が届かなくなるかもしれないが。
――流石にそこまでとんでもない所じゃないか。
色々考えつつ歩いて、だいぶ飽きてきた頃合。
歩き始めた頃は相当遠いと思っていた崖がすぐ傍に近付いていた。
崖といっても向こうが高くてこっちが低いタイプの崖。
当然落ちる事は無いが、何かが落ちてきそうである。
鴇慈の事なので『崖崩れが起きたらどうしよう』とかそういうのは全く無く、ただ『でかいなぁ』とか見上げていた。
すると。
――ん?
崖の上で、何か動いたような。
――白かったな。でも、動物っていうより…。
また動きはしないかと見ていると、何かが見えるより先に何かが聞こえてきた。
「……のだ?」
「のだ?」
口調から質問をされたらしい事はわかるが、何を言われたのかはサッパリわからない。
――喋ったって事は、やっぱり人間かその辺りの種族だな。
「もっと大きな声で喋ってくれないと聞こえねぇよ!」
崖の上に向かってそう言うと、今度は言葉より先に尋ねた本人がひょっこり登場した。
白のような銀のような髪の――遠くなのでハッキリとはわからないがおそらく――少年。
こちらを見下ろして、じっくり観察しているようである。
「なあ、さっき何て言ったんだ?」
もう一度上に向かって大声で言ってみると、何の躊躇いもなく飛び降りてきた。
この高さはちょっと危ないんじゃないか?と言おうと思ったが、『落ちている』様子は無い。
どうやら飛べるらしい。
ふわりと地面に辿り着くのかと思いきや、足をつけないままスーッと近付いてきた。
「何をしているのだ?と訊いたのだ。こんな所で誰かを見かけるのは珍しい」
何処も彼処もヒラヒラとした服を着ているが、やはり少年のようである。
偉そうな態度と服も目立つけれどやはり一番目につくのは額にある第三の瞳だろうか。
――なるほどな、飛べるわけだ。
「魔族がいるのも珍しいだろ」
ちょっと茶化すように言ってみる。
「質問に答えろ」
少年がすぐにムッとした顔をしたので、鴇慈は短気な幼馴染の事を思い出して少し笑ってしまった。
「何がおかしい!」
更に怒り出したので、こちらも更に笑いそうになったが何とかこらえる。
「悪い悪い。ちょっと知ってる奴の事を思い出した」
「人が質問している時に思い出し笑いとは感心しないな」
少年は、フン…と面白くなさそうに言う。
「それで?何をしているのだ?」
「ああ、俺はこれから向こうの方に出来たっていう新しい戦闘団に入る為に歩いてた」
向こう、と指された先を見て少年は首を傾げた。
「…何も無いぞ?一体何処まで行くつもりなのだ?」
「徒歩七時間なんだって」
そして先程の広告を見せると、今度は少年が眉をひそめた。
「お前はこの怪しげな広告につられてフラフラとこんな所まで来たというのか?」
「ああ」
「……ふむ」
少年は一人で納得したように頷いた。
「俺様が思うに、お前は騙されているのだ」
「誰に?」
「この広告主に決まっているじゃないか」
「でも、一応連絡ついたし、行ってみるだけ行ってみるのも良いと思って」
「そこまでして戦闘団に入りたいのか」
「別に『戦闘団』じゃないといけないわけじゃないけど、面白そうだったからさ」
呆れた顔で溜め息をつく少年。
「『面白そう』で戦闘団か…。余程腕に自信があるのだな」
「自信ねぇ…。喧嘩は負けた事無いけど、こういう所は子供の喧嘩と全然違うだろうからわからないな」
「……」
すると少年はちょっと考え込んだ後、不敵な笑みを浮かべた。
「喧嘩に負けた事が無いか、なるほど。それゆえにこのような無謀な事をするわけだな」
「いや、だから…」
しかし少年は聞く耳を持たない。
「ならば俺様が止めてやる。今なら団に辿り着くより街に帰る方が近かろう!」
言いながら手に雷をまとわせ、顔のすぐ前を払った。
「うわっと…いきなり危ねぇな!」
反射的に反り返り、鴇慈は雷撃をかわす。
「確かに運動神経は良さそうだ。だがこれなら!」
少年が指先を動かすと、かわした雷撃が球になって鴇慈の元へ飛んできた。
鴇慈はかがんでやり過ごし、チラリと少年の方を見る。
――流石に本気じゃないみたいだが…面倒な事だな。
いつもの喧嘩なら足払いで転ばせ、上を取って顔の横に威嚇のパンチの一つでもすれば大抵戦意を喪失する。
だが、相手は浮いてる上に魔法を使うのだ。
しかも大層気が強そうで、威嚇程度ではむしろやる気が上がるかもしれない。
――となると…。
グッと一歩大きく踏み込み、少年の腕をつかみ、
「何!?」
「もし受身取れなかったら悪いな」
ああ、でも浮けるから大丈夫か?等と呟きながらグルリと投げた。
――軽いな。こりゃ浮いたままで無理か?
そう思ったが、ちゃんとバフッと音がして、辺りに草が飛び散った。
まさか突然投げられるとは思ってなかったせいか、受身も何も無かったようである。
少年は何が起こったのかわからないというように、ひっくり返ったまま呆然としていた。
「叩きつけたつもりは無いけど…大丈夫か?」
鴇慈がそう尋ねると、ようやく少年は自分のおかれた状況に気付いたらしい。
「な…、俺様を投げたというのか…!」
「だってお前、魔法は凄いみたいだけど懐がら空きだし」
「何だと!」
少年は怒って飛び起きると鴇慈に向かって右手を突き出した。
それと同時に真っ直ぐ、腕と同じくらいの太さの雷撃が轟音と共に走る。
鴇慈は無意識のうちに避けたが、脇腹の辺りの服が焼け焦げたようだ。
「いきなり殺すつもりかよ…」
自分の後ろ一直線に焼けて無くなった草むらを振り返って流石に少々冷や汗を流す。
再度確認してみたが、本人は無事のようでホッと胸を撫で下ろした。
「今の攻撃を避けるだと?そんな、そんな馬鹿な!」
少年は、我慢できないくらいに悔しいというようにジタバタする。
「避けなかったら死んでて、多分お前この後ちょっと大変だったぞ?いくら投げられて頭に来たからってなぁ…」
なだめるようにそう言うと、少年は鴇慈の胸ぐらをつかんできた。
「もう言うな!その事を二度と言うな!」
――あー、こりゃ相当頭に来てるな…。
察するに、彼もまた『今まで喧嘩で負けた事が無い』タイプなんじゃないだろうか。
だからきっと、鴇慈の言葉を聞いて試してみたくなったのだろう。
「いや、うん。お前強かったよ」
「何の慰めだ」
ううう〜…とまるで唸っている様な少年に一体何と言おうか。
「えーと…、そうだ、お前もさ、俺と一緒に来ないか?」
「…何だって?」
少年の眉がピクンと跳ね上がる。
「だから、俺と一緒にこの戦闘団に行ってみようぜ」
「何故俺様がそんな怪しげな所へ赴かねばならないのだ」
「せっかく止めてくれたくらいなんだから、もしココが怪しい所だったら俺を助けてくれよ」
「………襲い掛かられた事を親切でやったのだろうと解釈したという事にするわけか」
「そんなひねくれて考えるなよ。実際、戦闘団なんて危ないし、入らない方が良いって思ってるんだろ」
「…面白い。いざという時には辺り一面を焦がして、お前に恩を売ってやろう」
「上等だ」
へへっと鴇慈が笑うと、少年はようやく手を離した。
「俺様は旨篤・ルートハイム。好きに呼ぶと良い」
「俺は更戸祢鴇慈。よろしくな、旨篤」
「サラトネ…?少々呼びにくいからトキで良いな」
「ああ、構わねぇよ」
鴇慈が戦っている時に何処かに投げてしまった荷物を探していると、旨篤は少々照れくさそうに言った。
「…すまなかったな」
「何が?」
「その…色々だ」
多分、いきなり魔法を使ったり、ちょっと本気になってみたりという色々。
「意外と素直だな」
「わ、悪いか!」
「いや、全然」
見つけた荷物を拾って、先ほど旨篤が焦がした所を辿ってみる。
「あー、随分遠くまで行ってるなぁ」
「この俺様が殆ど本気で放った一撃だ。当たり前だろう」
「植物の皆様には申し訳ないが、他に誰もいなくて本当に良かったな」
その言葉に、旨篤はすかさずムッとした顔を向ける。
「お前以外に誰もいない事を最初に確認してたから思わずあんな事を…!」
「ちょっと待て、アレ何だ?」
「アレだと?」
焦げで出来た道の最先端に、真っ黒い何かが落ちている。
普通に草だった所は全部何も無くなっているわけだから、あそこには何か大きな塊でもあったのだろうか。
確認の為に近付いて見てみると…。
「…人だ」
人型に真っ黒な何かだった。
旨篤の顔が真っ青になる。
「いたのか…!誰か他にいたのか…!!」
「おい、大丈夫か?」
鴇慈は既に錯乱しかけている旨篤にも気を掛けながら、黒い塊に話しかけてみた。
すると。
ピクリ。
指先の辺りが微かに動いた。
「…………大丈夫……」
ついでに、小さな声で喋った。
「よ……良かった………」
へたりと座り込む旨篤。
実はそんなに気が大きくないのかもしれない。
もしも鴇慈に当たっていたら距離的にもっと酷い事になっていたかもしれないのに、その時はどうするつもりだったんだろうか。
「起きられるか?」
鴇慈が尋ねると、黒い塊は何の苦もなくムクリと起き上がった。
辺りに黒い粉が舞う。
「…煤?」
起き上がったものの、特に動く気配が無いようなので、鴇慈は黒い塊を払ってみた。
バフバフ。
更に黒い粉が舞い、何となく塊の正体がわかってくる。
自分達と変わらない歳頃の少年らしい。
「落ちるのか……コレ…」
大人しく払われながら、少年は自分の体を確認していた。
「怪我とかは?」
「……何処も痛くない…」
「なら良かった」
「怪我をしてないのか、そうか!」
旨篤は更に安心した顔になり、煤を払うのを手伝った。
鴇慈と旨篤の手なども真っ黒になったが、何とか少年の姿がわかる程度になる。
赤く長い髪、そして今は黒いが元はかなり白い肌だと思われる少年。
「本当に何とも無いようだな」
ふー…と旨篤が深く息をつく。
「歩いてたら…風が吹いて…真っ黒な粉がたくさん飛んできた…」
どうやら、電撃に直接当たったというわけではなく、焦げた草を大量に浴びてしまっただけらしい。
「驚いて…倒れてそのまま…」
二人が歩いてくるまで、ただボーっと横になっていたらしい。
何とも気長な話だ。
…いや、気長ともまた少々違うか…。
「ともあれ良かった。驚かせてすまなかったな」
「よく粉を撒いているのか…?」
「いや、そうではなくてだな…」
謝ろうと思った矢先、何とも不思議な質問をされて少々戸惑う旨篤。
「…たまに撒いているのか…。不思議な事をする…」
答える前に、少年は一人で勝手に納得してしまったようだ。
「面白い奴だなぁ」
やれやれ、と旨篤は複雑な表情を浮かべる。
「まったく、トキといいお前といい、今日は妙な出会いが多い日だな」
「妙って…。そういえば、何でこんな所にいたんだ?もしかして俺たちと同じ目的?」
「……同じ…?……お前達も、散歩か…」
「あー、いや、どうやら違うみたいだな」
「街から随分離れた所まで散歩しているのだな」
「……街は……あまり行かない…」
「じゃあ街の外に住んでるのか?」
「ココから…少し離れてる…。でも…詳しい場所は言えない…」
「何故だ?」
旨篤はそう尋ねたが、鴇慈がそれを遮った。
「詳しい場所とかは良いよ。いきなり悪かったな」
突然目の前に手を出され、不服そうな顔で旨篤が囁く。
「何をするのだ」
「こっちが訊く前に『詳しい場所は言えない』って言うくらい訊かれたくないんだろ」
旨篤はふむ…とちょっと納得したように頷いた。
そんな二人の様子をボーっと見ながら、今度は少年が尋ねる。
「見ない顔だな。……街から来て何処かに行くのか…?」
「俺はな」
「俺様はあっちの方にある魔族の里に住んでる。そしてトキに誘われて謎の場所に行く最中だ」
「謎の場所…?」
「それじゃわからないだろ。コレだよ。俺達、ココに行くつもりなんだ」
言いながら鴇慈が広告を渡すと、少年は実に熱心に目を通した。
そしてちょっと考え込んでいるようである。
「これは…俺も大丈夫なのだろうか…?」
顔を上げてそう言ったので、鴇慈がニッコリと笑顔を向けた。
「『誰でも熱烈歓迎』なんだから当然良いんだろ。もし良かったら、一緒に行こうぜ」
「一緒で、良いのか?」
少々窺うように尋ねる少年。
「お前が嫌じゃなければな」
笑顔のまますぐに頷く鴇慈。
少年はもう一度広告を見て、コクリと頷いた。
「一緒に行く…」
「よし、決まりだ」
すっと右手を差し出して、本日二度目の自己紹介。
「俺は更戸祢鴇慈。で、こっちが」
「旨篤・ルートハイムだ。お前は?」
ぽふ…と遠慮がちに右手を差し出し返しながら、少年も自己紹介をする。
「翠大野夜栄…」
「ミドリオオノ?……トキといいお前といい、何やら難解な苗字だな」
「俺に言わせれば、お前のルートハイムっていうのも難解だけどな」
「発音としては俺様の苗字の方が余程言い易かろう?」
「そうかなぁ。まあ、どうでも良いんだけど」
旨篤がまだ何か言いたそうに口を開いた所で、夜栄が小さく言った。
「皆…凄く難しい…」
彼の方を見て、旨篤の動きが止まる。
「……ま、まあそういう意見もあるか…」
どうやら旨篤は自分の意見で突き詰めたい派、そして夜栄は独自のテンポを持っている少年らしい。
――で、旨篤は突き詰めたい割に周りに振り回されやすいタイプってトコか。
そう思っている鴇慈本人は、マイペースでアバウトという周りを振り回すタイプである。
それぞれあまりにバラバラすぎて気が合わないようでいて、逆に良いかもしれない。
鴇慈はそんな事を思った。

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