内面鏡
「ああ、彼女。留年した人でしょ?珍しいよね」
医術関係の学校へ通う者は大抵、浪人や留年を選択しない。
戦闘団がひしめくこの世界では、一年でも早く現場入りした者の勝ちというような、少々妙な風習があるからだ。
勿論、どうしても医者にならざるを得ない理由でもあれば話は別なのだが…。
まあ、珍しい事には変わりない。
「でもあの人の場合、成績が悪くて単位が足りなかったっていうより、出席日数の問題だって聞いたけど」
「そうそう!何か、男の人の所に通ってたってね。それなのにどうして留年なんかするんだろう」
「どんな時でもしてるあの指輪、その人に貰ったって話だよね」
いつも窓際の席で一人、静かに座っている彼女についての周りの反応はそんなだった。
誰かが話し掛けている所など見た事が無い。
それが本当の事かどうかはわからない。
「ふ〜ん…」
自ら尋ねたとはいえ、まさかこんなにも――しかもあまり良くない反応が返ってくるとは思っておらず、内心舌打ちをした。
先に名前でも情報として手に入れておけば、話し掛けやすいかと思ったのだが。
そう思いながら見れば今日も、彼女は一人座って窓の外を見ている。
少々大人びて見えるのは、一歳とはいえ、実際に年上だからなのかもしれない。
授業に出ているものの、ノートを取っている様子は一切無く、何を考えているのかはよくわからない。
入学してから二ヶ月目、彼女の存在に気付いてから一ヶ月目のある日、ついに知鎧は声を掛けた。
「隣、空いてる?」
明るく話し掛けたつもりだが、反応は無かった。
周囲から、『やめとけって』と言う声も聞こえたが、これくらいは予想の範囲。
「…ま、空いてるかどうかなんて、見りゃわかるってな。んじゃ、座らせてもらうわ」
有無を言わさず座り込み、教材とノートを広げていると、彼女はちらりとこちらを見た。
…が、何を言うでもなく、また向こうを向いてしまう。
知鎧は、やれやれ…と肩をすくめたが、別に嫌な感じはしなかった。
むしろ、噂はよく聞いて話してるくせに、直接彼女と話をしてみようとしない周囲の方が気に喰わない。
「えーと……何か、俺がココに座るのまずかったらどくけど」
とりあえずそう言うと、ようやく彼女が声を出す。
「――別に」
完全に無視をしようとか、そういうつもりではないらしい。
知鎧は思わずニヤリとした。
少しでも反応があるのなら、打つ手はある。
「俺の事嫌いで、このままずっと無視されるかと思った」
軽く言う知鎧に、彼女は特に感情の篭ってない視線を向けた。
「…アンタの事、知らないし」
好きでも嫌いでもないというか、どうとも思っていないという事だろう。
ああ、そういえば、と笑顔を向けた。
「俺、朱遠知鎧。知鎧で良いよ。アンタは?」
すると彼女は、深く溜め息をつく。
「変…」
「は?」
「何でアタシに話し掛けるわけ?」
さてなんと答えよう。
少々悩んだ後、
「話し掛けて欲しいっていうオーラが出てたから」
と言ってみたら、彼女は呆れた顔になった。
「…なるほどね…。ホントに変な奴なわけ…」
そして、ふうっともう一度溜め息をついてから、だるそうに名乗るのだ。
「片岬裡菜。……好きに呼べば?」
勝った!と拳を握り締めながら、知鎧は白い歯を見せた。