ところが、だ。
「なあ、裡菜…」
そう声を掛けた時、別の所から彼女を呼ぶ声がもう一つ。
「片岬君、ちょっと良いかね」
「……」
チラリと知鎧の方を見たが、裡菜はとりあえずもう一つの声――教授の方へと行ってしまった。
――なんつータイミングの悪さだ…。
知鎧は頭を掻き毟り、遠くから教授を睨みながら、人差し指でイラついたようにトントン机を叩いた。
「フラれたなぁ」
「フラれたねぇ」
いつのまにか、いつも通りのメンバーが辺りを取り囲んでいる。
「フラれたとかそういう事じゃねぇだろ…」
ややゲンナリとしながら、知鎧は眉をひそめた。
「いつもいつも、諦めろって親切に言ってるのに」
ポンポンと肩を叩かれるが、何かを言い返す気にはなれない。
不機嫌そうに肘をついていると、メンバーの一人があっと声出した。
「教授と一緒に、行っちゃうよ」
「何!?」
知鎧は慌てて自分の鞄を掴んだ。
いつも、すぐに帰ってしまうのだ。
もう既に鞄を持っている彼女が、教授の用事を終えたらそのまま帰る事なんて言うまでもない。
「んじゃ、俺行くわ」
すちゃ!っと右手を上げて走り出す知鎧に、先程声を出した男が言う。
「本気で、やめといた方が良いかもよ?」
「…何で?」
足を止め振り返ると、その男は、少々苦い顔をしていた。
「彼女、単位とかは教授に取り入って貰ってるって話も聞くし。今のアレもそういう事かも…」
知鎧はムッとした。
「アイツ、そんな奴じゃねぇよ」
…多分、なのだが。
「第一、そんな事してるんなら、出席日数だってどうにかしただろ」
そう言いながら、教授と裡菜を追いかけた。
「えーと…、あの教授と一緒なら、多分こっちの…」
苑(学術苑=大学)の中は広いので、まだ全てを把握できていない。
一歩出遅れてしまい、見失ってしまったから、勘で探すしかないのだが。
とある一棟に見当をつけ、キョロキョロ見回していると、すぐ傍の扉が開き、裡菜が出てきた。
「当ったりー!おい…」
「それじゃ…、単位の事…お願いします」
声を掛けようとした時、そんな言葉が聞こえてきて思わず動きが止まってしまった。
さっき言われた事が頭をよぎる。
――…あの馬鹿、余計な事言いやがって…。
ここでは、教授と単位の事を話し合うなんて普通の事なのだ。
だから、裡菜が教授にああ言っても、何の不思議もないのだ。
――よし、今日話すと決めたんだし!
深呼吸を一つして、爽やか(なつもりで)声を掛ける。
「裡菜!」
すると、ようやくこちらに気付いたという感じで、裡菜が顔を上げた。
「用事、終わったのか?」
「…ん…」
相変わらず素っ気無い返事だが、声を掛けられたからか、流石にいつものように帰ってしまう様子は無い。
「んじゃ、ちょっと良いか?…大した事じゃないんだけど」
「………何」
「今日からさ、ノートとか…取り始めたじゃん?アレって…」
そこまで言うと、裡菜の機嫌が少々悪くなったように見えた。
――何か、まずかった…のか…?
続きを言うべきか言わざるべきか迷っていると、裡菜の方から欲しい答えをくれた。
「……昨日までの所は、普通に去年聞いたもの」
毎年大幅に違う事をやるわけではないので、必要ないという所か。
成績は元々悪くないという事だったので、まあそれも有りなのだろう。
「ああ、そうだったのか」
そうは言ったものの、何となく気まずくなり、知鎧はそこで別れる事にした。