昨日は失敗した。
一応謝っておいた方が良いだろうか。
そう考えていたが、別に今日も裡菜の様子は変わらなかった。
あの程度の事は、もう慣れているのかもしれない。
――慣れている…ねぇ。
やっぱりまずかったかな、と思う。
そういうわけで。
「なぁなぁ、今日、空いてる?」
授業が終わった後、早々に立ち上がる裡菜に声を掛けてみた。
「どうして」
「いや、ほら、何ていうかこう…キューっと一杯いかないかな、と」
そう言って、何かを飲む仕草をする。
断っておくが、二人とも未成年なので、こんな言い方をしていても、一杯いくのは無論アルコールではなく他の何かである。
苑の周りには、それなりに店もあるので、帰りに立ち寄る学生が多い。
だが。
「…悪いけど、アタシ用があるから」
結局、裡菜はいつもの通り帰ってしまった。
残された知鎧も、何やら悪い予感がして早々にその場を立ち去ろうとする。
「フラれたなぁ」
「フラれたねぇ」
しかし間に合わず、昨日と全く同じ台詞が耳に飛び込んできた。
「だからぁ!そういうんじゃねぇって言ってるだろうが!」
飽きずに毎日ツッコミを入れに来る彼らは、何て暇な奴らなのだろうか。
しかも、このタイミングでやってくるという事は、二人を常に観察しているに違いない。
「悪趣味だから、もう覗きなんてやめてくれ」
「いやいや、俺達は君の事を心配しているんだよ」
「心配されるような事なんて、別にねぇって」
「このままでは君、学業に身が入らないだろう」
「もうすぐ苑に入って初めてのテストだって、わかってる?」
そう、7月の半ばには、夏休み前のテストがあるのだ。
腕を組んで、うんうんと頷く友人に、知鎧は余裕の笑みを見せた。
「ああ〜、そういう事。それならな〜んにも心配要らないから安心しろよ」
そしてその場を立ち去ろうとした時にふと気付く。
――そういえば、『悪いけど』なんてアイツが言ったの、初めてじゃないか?
いつも、『行かない』とか、『要らない』とか、たった一言だけだったというのに。
やはり、彼女の本性を引き出すのに、焦りは禁物なようだ。
知鎧は、好奇心と自分の夢を天秤に掛けた時、好奇心を取ってしまうタイプではない。
軽そうに見えて、かなり真面目な人間なのだ。
本人が言っていた通り、テストは何の問題も無く終了した。
むしろ、知鎧を心配する優しい友人(自称)の方が余程危うかったくらいである。
裡菜も無事にクリアしたようで、晴れて迎える夏休みという所だ。
「夏休みのご予定は?」
夏休み前最後の日、しばらく会わなくなるという事で、一応裡菜にそう尋ねてみた。
長い休み中、一回くらい会ってみれば、今までと違う一面を見られるかもしれない。
「…別に…いつも通り」
「んじゃ、海とか山とか行ってみる?」
すると、裡菜がちょっと驚いた顔でこっちを見た。
「…何それ。誘ってるの?」
「…そういう風に、聞こえなかったか?」
考えてもみなかった反応だったので、こちらも驚いた顔をしてしまう。
それを見て、裡菜はちょっと考えた風な様子を見せた後言った。
「今言った通り、生憎いつも通りなの。海とか山に、行ってる余裕は無いよ」
そして立ち上がり、その場を去ろうとする。
「ちょっとストップ!いつも通りって、どういう事だよ?」
どちらかというと、断られる可能性の方が高いと思っていたので、それ自体は良いのだが。
しかし、その理由に『いつも通りだから』と言われても、全く見当がつかない。
「…痛いんだけど」
そう言われて知鎧がハッと気付く。
思わず、腕を掴んでしまっていたらしい。
慌てて手を離す。
「悪ぃ。…でも、理由がよくわからないんだけど」
もしかして、今まで思ってもみなかったが、理由なんてどうでも良いくらい鬱陶しいとか思われていたりするのだろうか。
そんな事を考えてしまうが、どうやらそうではなかったらしい。
「バイトだから」
はっきりとそう言ったので、嘘ではないのがわかった。
「…そっか。それなら仕方ないな。いつも急いで帰ってたのは、バイトが有るからだったのか」
「そう」
案外あっさり謎が解明されて、知鎧は気が抜けてしまった。