何故ノートを取らないのかも、何故あんなに急いで帰るのかもわかった。
残っている謎(知鎧が勝手に謎と思っているだけだが)は、噂の真相くらいになってきた。
――皆が言ってるほど、付き合いにくい奴とかじゃないのはよくわかるんだけど。
何を話し掛けても無視される、だの、他の人間の事を壁とかそういう物体としてしか見てないんじゃないか、とか。
中々散々な言われ方をしていたりもするのだが。
恐らく、人と接する事があまり得意ではないのだろう。
知鎧はそういうタイプではなかったが、世の中にそんな人がいても全然おかしくない。
――でもなぁ…。まさか…『何で出席日数足りなくなったの?』なんて訊けないよなぁ…。
当然、教授との事も訊けるわけが無い。
他の生徒に比べてよく教授に呼び出されているのは確かなのだが。
ただそれだけで、『取り入ってる』などとは…。
――教授と親戚とかそういう路線も全く無いわけじゃないんだし。
まあ、多分それは無いだろうけど、と自分に返したりしながら、いつのまにか夏休みは終わっていた。
一応、海にも山にも行ったが、それぞれに怪我人だの病人だのが出て、実習のようになってしまったという。
医者志望とはいえ、若者の夏休みとしては少々悲惨である。

さて、長期の休み明けというものは得てして、何らかの変化がある人が多いものなのだったりする。
が、知鎧が気に掛けていた当の本人、裡菜は休み前と全く変わらないようだ。
全く同じ席に、全く同じように座っていた。
「よう!」
「…何」
「コレ、土産。バイトで、何処も行けなかったんだろ?」
そう言って『温泉饅頭』と書かれた箱を渡すと、怪訝そうな顔で見返してきた。
「アンタ、海だか山だかに行ったんじゃないの?」
「行った行った。でも、色々あって土産どころじゃなかったから、その辺の温泉にも行った」
「その辺って…」
「饅頭、嫌い?」
「嫌いじゃ、ないけど」
「はいはい、じゃあ素直に貰った貰った」
「そりゃどうも」
箱を鞄にしまう裡菜を見ながら、知鎧は尋ねる。
「で、お前の方はどうだったの?バイト」
「別に。いつも通りだよ」
「だから、そのいつも通りってのがわからないんだって。休み前にも言ったろ?」
一応、あの時はその『いつも通り』を教えてもらったわけなのだが。
「可も無く不可も無く。他にどう言えっていうのさ」
「例えば、何のバイトしてるとか!何処でバイトしてるとか!店長がこういう奴だとか!」
思わず手をぶんぶん振りながら言ってしまう。
「…店長?」
「いや、それは例えばの話で」
「どうしてそんなこと訊くの?」
「う」
素直に、『ただ知りたいから』なんて言って、答えてもらえるものなのだろうか。
ただ単に興味本位で訊いてるなんて、それはまた失礼なわけだし。
「な…何となく…。普通さ、友達とかに話すだろ、そういうの」
「………」
裡菜は、しばらく不満そうに知鎧を見ていたが、仕方なさそうに口を開いた。
「お墓。掃除してるの」
一瞬、微妙な間ができた。
――……今…墓って言ったか?……墓掃除!?
自分から訊いたのに、何も反応しないのはまずいと思ったが、何と反応したら良いかも少々戸惑う返答だった。
「…そういうバイト…あるんだ」
ようやく声を出した知鎧に、裡菜は呆れた顔を向ける。
「バイトっていうか、まあ、ただ手伝ってるだけなんだけど」
コレで満足?と訊き返され、知鎧は頷くだけだった。

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