元々、母方の祖父母が認めていない結婚だった…らしい。
自分が生まれる前の話だから、詳しい所はわからないが。
その祖父母から逃げるようにして結ばれた二人は、自分たちの力だけで幸せな家庭を築き上げていった。
娘も生まれ、仕事も順調で、これからも何もかも上手くいくはずだったのだ。
それなのに、裡菜が二歳の頃、母は無理矢理両親の元へ連れ戻され、今何をしているのかも不明。
父方の祖父母は随分前に、そして、男手一つで自分を育ててくれていた父も、去年病気で他界。
残った自分は、父への孝行として新しい墓を一つ作り、そしてせめて一年間は毎日ココを訪れようと決めたのだという。
「どうせ来年は、実習があるからそうそう来られないし。大きくないけど、それなりの墓でしょ」
ぺしぺしと墓石を叩いて、少しだけ笑った。
「無理してこんなのまでくれちゃって、結構、良い人だったんだよ」
言いながら見せた指輪は、夏休み前に誰かが言っていた指輪だ。
――男の所に通ってて…、その男から指輪を貰って…、出席日数が足りなくて…。
今まで聞いてきた噂が、知鎧の中を駆け巡った。
「もしかして…裡菜…」
「…何?」
「出席日数足りなかったのって…」
すると裡菜は、ああ、その事と言って手桶を持ち上げた。
「いつもいつも病院行ってたから、ずっと遅刻で、どうせもう無理だってわかってたから最後の方は行かなかった」
知鎧に背を向けて歩き出す。
「昔から体が弱かったの知ってたから、それを治せる様な医者になろうとしてた。…けど、間に合わなかったよ」
知鎧は裡菜を見ることができなくて、ずっと墓を見ていた。
裡菜もわかっていたので、何も言わなかった。
そのまま、少しずつ少しずつ離れて行き、墓の入り口付近まで行った所でようやく振り返る。
「どうせ暇だろうし、墓掃除手伝ってくれるでしょ?水、重いから運んでよ」
「…ああ、任せとけ!」
できる限りの声を出し、知鎧は裡菜の方へ走って行った。
「……あのさ」
手桶に水を入れながら、小さな声で言う。
「…何よ」
「話してくれて、有難うな」
「………」
「お前、自分の事話すの苦手っぽいじゃん?それでも話してくれたのって、かなり嬉しいかも」
もう一つの手桶にも水を入れて運び出した時、裡菜がそこに柄杓を入れて言った。
「アンタしつこいから、喋っちゃうんだよ」
「…俺、そんなにしつこいかなぁ…」
首を捻りながら、思わず苦笑いをする。
「今度はアンタの事、話しなよ。とりあえず聞いてあげる」
「とりあえず…ねぇ…。俺、恐ろしく一般的な学生生活送ってきたけど?」
「嘘。数え切れないくらい生活指導とかされてそうだよ」
「ごっ誤解だ!」
二人が走って通り過ぎた墓の線香の灰が、静かに落ちた。
そんな事があった後も、互いの態度が変わることは無く。
「なあなあ、実習、何処にするか決まった?」
医学生たちは二年生になると、病院や戦闘団の医務室での実習がある。
『二年生になると』と言いつつ、実は一年の後半から顔を出すことになるのだが。
何事も現場での経験が物を言うという事で。
知鎧達もまた、その実習の場所を決める時期が来たのだ。
「最初から決まってるから」
「何処?」
ニコーっと笑顔を向けながら、知鎧が尋ねる。
「何処だって良いでしょ…」
投げやりな感じに答えられてもめげずに尋ねる。
「何処?」
ニコー。
「何処?」
ニコー。
「………訊いてどうするの」
裡菜が諦めたように振り返り、眉をひそめた顔を見せる。
「そりゃ勿論、同じ所行こうかと思って」
「ついて来ないで」
「ああー?せっかくだから知り合いいた方が良いだろう〜?まして仲の良いお友達なら尚更だ」
「誰が『仲の良いお友達』なのよ…」
「な?頼むよ」
ふう〜…と、大きく息をつく裡菜。
「ようするに」
「ようするに?」
「アンタが、知り合いいた方が嬉しいって事でしょ?」
「ご名答」
肘をつきながら、しばらく考えるような素振りを見せた後、裡菜は言う。
「……やっぱり教えない」
「ええー!?良いだろー!?」
窓際から、教室一杯に知鎧の声が響いた。
−了−