如何にも『慣れている』というように歩いていく裡菜だったが、どうも受付とは違う所へ向かっている気がする。
「なぁ、受付ってあっちじゃねぇ?」
と、指差しながら知鎧は言ったけれど、裡菜は首を横に振った。
「アンタ、診察してもらいに来たわけじゃないでしょ」
「そりゃそうだけど…」
まずは受付辺りで担当の人を呼んでもらったりするのだとばかり思っていた知鎧は首を捻る。
受付どころか、微妙に天岾医院の建物からずれた所に向かっているようだ。
――天岾医院と見せ掛けて、実は裏にある小さな病院ですとかいうオチじゃないよな。
それはそれで構わないといえばそうなのだが、驚かされた身としては少々面白くない。
――まあ、さっき『直接ココに…』とか言ったくらいだし、ホントに天岾医院の誰かと知り合いなんだろうけど…。
そして二人が辿り着いたのは、医院の裏手にある建物だった。
病院というより、大きくて綺麗な『普通の家』という感じである。
「……ココ?」
「そう、ココ」
「普通の家に見えるんだけど」
「まあ、普通の家といえばそうだけど」
おいおいちょっと待て!とツッコもうとした知鎧だったが、裡菜が押したインターホンの上にある表札を見て再度絶句した。
「……かっ……!!」
反応まで同じである。
表札に書いてある名前は『天岾』
「…裡菜さん?…まさかココって……」
思わずさん付けなんてしてしまう。
「院長の家」
――マジで!?
ぶわっと冷や汗が出てきた気がした所で、インターホンから声が聞こえた。
『はいはいー?』
「アタシ…」
『あら、裡菜ちゃん!ちょっと待っててね、今開けるから』
暫し後、玄関の扉が開いて優しげな中年の女性が姿を見せた。
「いらっしゃーい。待ってたのよ。あらあら、そっちの子がさっき言ってた子ね?」
「えーと…どうも、朱遠知鎧です」
「うちの息子も随分育ったけど、知鎧君も背が高いのね〜。おばさん嬉しくなっちゃう」
何が嬉しくなっちゃうのか知らないが、なかなかテンションが高い人である。
「さあさあ入ってちょうだい。先に連絡貰ってたから、ちゃんとお菓子もお茶も準備したのよ〜」
開けてもらった門から玄関へ向かう途中、こそりと知鎧が尋ねる。
「ところで…誰?」
「おばさん」
「…あのなぁ」
「…院長の奥さんって言えばわかる?」
「なるほど。ふ〜ん、ちょっと思ってた感じと違うなぁ…」
「どんな風に思ってたのよ」
「いやほら、凄い人の奥さんだからもっと厳格そうとかそういう?」
すると、裡菜がじっと知鎧の顔を見つめた。
「…な、何だよ」
少々うろたえながら靴を脱ぐ知鎧。
「おじさん……院長見たら、おばさんに対するそんなイメージ飛ぶんじゃない?」
「え?」
裡菜の言葉に眉をひそめながら、廊下を歩く。
――イメージが飛ぶ?
天岾正という名前とその輝かしい軌跡はよく目にするものの、そういえば本人の事は全く知らない。
一応写真も見た事あるが、研究の結果発表など資料を読んでるようなものばかりで、性格は測れない。
有名人なんて結構そんなものではあると思うが…。
案内された部屋のソファーに座って、並べてある賞状などを眺める。
――こんなに色々貰うような人だし、真面目そのものって感じの人だと思ってたんだけど…。
と思った時、部屋の扉が開いて一人の男が入ってきた。
今想像していた通り、いかにも真面目そうで、ある意味融通が利かないといった雰囲気。
背が高いせいもあり、少々威圧感がある。
これならばあの大きな医院をまとめているといっても頷けるというオーラをまとってはいるのだが…。
――……若過ぎ…だよな…?
記憶の隅にある写真の面影はあるような気がするが、どう見ても自分と歳がそんなに離れていないように見える。
ガラスのテーブルを隔てた向かいのソファーに座る彼を、思わず訝しんだ顔で見てしまう。
向こうもそれに気付いたのか、知鎧を見て眉をひそめた。
慌てて目を逸らす。
そんな二人を交互に見た後、裡菜が男に向かって言った。
「おじさんは?」
すると彼は、裡菜に目を移して答えた。
「もう来るんじゃないか?」
そして呆れたように小さく息を吐く。
「しかし、挨拶より先に『おじさんは?』とはな。相変わらずのようだ」
裡菜は肩をすくめた。
「アンタだって、特に挨拶も無くいきなりそこに座ったじゃない」
「まあ確かにな。…久し振り…とでも言えば良いか。正直な所、お前に何と挨拶をすれば良いかわからない」
「お互い様」
そう言った後、思い出したように裡菜が知鎧の方を向いた。
「この人は…」
と。
「裡菜ちゃーん!おじさんに会いに来てくれたんだって〜?」
ババーンと右手を高らかに上げたポーズで、ボサボサ頭の中年の男が、楽しげに飛び込んで来た。