陰の仕掛け人


「あの鴇慈には流石に驚いたな」
夜会が終わってそれぞれの部屋に戻る時間。
同じ方向なので一緒に帰っている琥香に、迢は言った。
そう、あの『鳶慈に「兄さん」と呼ばれてちょっと落ち込んでいた』鴇慈の事である。
普段の彼をよく知る迢には、かなり珍しかったらしい。
しかし、琥香の切り返しは厳しい。
「あら、でも迢だってひゆにいきなり『兄さん』なんて呼ばれたら驚くでしょ?」
「ば、馬鹿を言うな。ルーが俺の事をそんな風に呼ぶなんてあるわけないだろう」
思わず慌てた口調になった事に気付き、ハッとしたが遅かった。
見る見るうちに琥香の顔がほころぶ。
「そういう事よ」
迢は何と言って良いかわからず、二度ほど口を開きかけてやめた。
――琥香には、鴇慈とは違う意味で敵わない…。
いつも思っている事とはいえ、軽く肩を落とす。
――どうして琥香達には全て見通されてしまうんだろう…。
初めて出会った頃からそういう感じだったゆえ、長年の間に築かれたものとは思い難い。
第一、出会ってからの時間は同じなわけだから、本来自分も同じように出来ないとおかしいのである。
まあそこは性格などの違いが大きいとは思うが。
そんな事を頭の中でグルグルと考えていると、隣の琥香がクスクスと笑い出した。
ああ、また考えを読まれてしまったか。
迢はそう思ったが、どうも様子が違うようである。
「…どうした」
彼女は元々笑いのツボが低いので、ちょっとした事で笑い出す。
だから、もしかしたら自分には全くわからない事かもしれないが、とりあえず訊いてみた。
すると、思いもしない答えが返って来たのである。
「だって…鴇慈ったら……。思った通りだったんだもの」
そう言って笑い続ける琥香に、迢は眉をしかめた。
「思った通り?どういう事だ?」
「私が言ったのよ、鳶慈に。団に来たら、鴇慈の事を『兄さん』って呼んでごらんなさい。きっと面白いわって」
「な……!!」
あまりの事に再度言葉が詰まる迢。
「鳶慈は『特に面白くなかったですよ』って言ってたけど、やっぱり驚いてたのね、鴇慈」
そしてクスクスと笑い続ける。
本当に楽しそうな彼女を見て、迢は少しだけ恐怖を覚えた。
――…何て事だ…。
どうやら彼女は、自分だけでなく鴇慈の事も恐ろしい程お見通しらしい。
この様子では、いつ何処で何を彼女が仕掛けてくれている事やら。

次にひゆに会った時、万が一『兄さん』等と呼ばれてもうろたえない様にしよう。
密かに迢は、そんな事を思うのだった。

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