妹、来襲
見学者歓迎、という戦闘団は、実は珍しい。
まあ、仮にも世界征服を狙っているという事で、秘密も多い為、それらが漏れると困るからだ。
外部のモノが入り込む=何が起こるかわからない。
ゆえに、大抵の戦闘団では見学者お断り、もしくは入り口周辺のみ。
…が、我が北斗七星団は、珍しい所代表。
許可さえ取れば、宝物庫や給食室なんて深い所さえも覗けてしまうというオープンぶり。
団長の適当さ加減が窺え………いや、実にオープンで素晴らしい。
ビバ、オープン。
さてはて。
そういうわけで、別に入団希望者でなくても、物好きな人たちが結構見学に来たりする。
今日も今日とて、紀阿の座る受付に、如何にも戦闘団にはそぐわない少女+謎の男が尋ねて来ていたりするわけだ。
「こんにちは」
可愛らしい声で挨拶をするその来客を見て、紀阿は小さく『わぁ…』ともらして思う。
――凄ーい!可愛い子ー!!
綺麗な金髪に深い青の瞳、レースやリボン、フリルなどで飾られた服に包まれた、小柄で華奢な体。
まさにお嬢様という感じ。
けれど、同じく見るからにお嬢様、という琴佳よりも、ずっと活発で明るそうだ。
隣りに立っている黒いスーツの男は、彼女のボディーガードといった所か。
屈強という言葉とは縁が無さそうな細身と優し気な顔だが、魔法があるこの世界において、見た目だけで強さは計れない。
真っ黒な髪と瞳がとても印象的である。
「こんにちは、今日は見学ですか?」
笑顔を返しながらそう尋ねると、少女は軽く首を横に振った。
「いいえ、私、兄に会いに参りました」
「お兄さん?」
「紀阿様ですね。兄から伺っております。私、ローレンスの妹のルイーズと申します」
紀阿の周りに、『?』が三つほど浮かんだ。
それに気付いた男が、そっと少女に耳打ちした。
「いけません。こちらではその呼び方は…」
すると少女は、ポンと手を叩いて頷いた。
「そうでした!ごめんなさい。改めて初めまして。私、迢・ローレンス・メイサークラウンの妹、ひゆ・ルイーズ・メイサークラウンです」
ああ!と、今度は紀阿が手を叩く。
そういえば、耳が横に長くて、まさにエルフ。
妹がいるという話は、確かに何度か聞いていた。
「全然気付かなかった!ごめんなさい!」
「いえ、フルネームを名乗らなかった私がいけないんです。ほら、アートも」
そうひゆが促すと、男も挨拶をした。
「いつも迢様がお世話になっております。私は迢様、ひゆ様の側仕えをさせて頂いている、風雅・アーサー・ソウルズレッドと申します」
深々と頭を下げられて、思わず紀阿はあたふた。
「お世話だなんてそんな!私こそお世話になってます。八尾坂紀阿です!」
――そ、側仕えって何だっけ…?
慣れない言葉に戸惑う。
悩む表情をした紀阿に、ひゆはニッコリと笑った。
「あの…それで兄は今、何処におりますでしょうか?」
ハッとして紀阿は答える。
「ちょっと待ってて下さいね。えーと…」
「ひゆ、と呼んで頂ければ」
「じゃあ、私の事も紀阿って呼んでね、ひゆちゃん。迢さんには、今連絡してみるよ」
連絡を受けた迢が、大慌てで受付に来た。
「ルー!どうしてこんな所に!アート、お前がついていながらどういう事だ!」
「申し訳ありません。ルー様がどうしても、と聞いて下さらなくて…」
風雅が困った顔をする横で、ひゆが頬を膨らませる。
「だって、ラリーお兄様に会いたかったんだもの」
そう言って飛びついてくる妹を無下に払う事はできず、そのまま抱き付かれながら迢は諭す。
「ルー、こんな無粋な所、お前が来るような所ではない」
さり気なく面白い事を言ってくれるものである。
「私も再三、そう申し上げたのですが」
風雅も実に失礼だ。
「お兄様がいらっしゃる所が、無粋であるはずがありませんわ。私、一度どうしても来てみたかったんですの」
ようやく迢から離れながら、ひゆは微笑んだ。
「ココには鴇慈様も鳶慈様も琥香様もいらっしゃるんでしょう?私だけ仲間外れなんて、酷すぎます」
「ルー…」
「お願い、お兄様!せめて今日だけは、団見学をさせて下さいませ!」
胸の前で手を合わせて、小首を傾げる。
いわゆる『お願い』といった感じのポーズ。
迢は、妹にこういうお願いのされ方をされると弱いのだ。
ひゆ自身、それをよーく知っているので、使いどころが実に上手い。
こういうのは、最初からそれをするのではなく、とどめに使うのが良いのである。
「……」
案の定、迢はそれ以上彼女を止める事が出来ず、結局こう言ってしまう。
「今日、だけだからな。見学が終わったら真っ直ぐに帰って、もうココに来ては駄目だぞ」
「お兄様、ありがとうございます!」
別に覗き見るとかそういうつもりは全く無かったのだが、いる場所の都合上目の前で繰り広げられる兄妹劇。
普段見せない迢の表情に、思わず紀阿はクスクスと笑ってしまった。
それに気付いた迢が少し顔を赤らめたので、さらに可笑しくなる。
「ラリー様は相変わらずルー様に弱いですね」
そう言う風雅に、迢は怒った声で言った。
「うるさい!それはお前も同じだろう!」
ああ、そういえば…と、風雅はまるでその事に初めて気付いたかのような態度を取るのだった。
流石に、迢が団内を案内するわけにはいかない。
仕事場を離れれば、きっと慧史が大混乱になるだろう。
紀阿が案内をかって出たが、丁度その時、別の見学者が来てしまい、受付を離れるわけにはいかなくなってしまった。
商売繁盛、満員御礼という感じである。
…いや、無料!
団内の見学は無料ですよ!!
というわけで。
「久し振りだね、ひゆちゃん」
「お久し振りです、鳶慈様。鳶慈様が案内して下さるなんて、とても嬉しいですわ」
昔からの知り合いという事もあり、鳶慈が呼び出されたのである。
「まさか、ひゆちゃんがココに遊びに来るなんて思ってなかったよ」
「だって、皆様ココにいらっしゃるんですもの。鴇慈様も、琥香様もお元気ですか?」
「うん、二人とも元気だよ。周ってる途中で、会えると思うから、行こうか。…と、アレ?風雅さんは?」
「アートは、お兄様の仕事を見たいのですって。この中なら危ない事も無いでしょうから」
護衛は要らないという事だ。
しかし、風雅が予想していなかった危険が、この団内には存在したりする。
琥香に会う為に、資料収集部隊の扉を開けてすぐの事である。
「ワーオ!これはビックリだね」
驚きというよりも喜びに満ちた声が、部屋中に響いた。
鳶慈はその瞬間、ちょっとまずかったかもしれないと思った。
資料には、琥香も確かにいるが、あの男もいるのである。
「ハロー、可愛いお嬢さん。俺の名前は漠。君の名前を教えてもらえる?」
跪いて大袈裟に挨拶する漠に少し驚きつつも、ひゆはニッコリと笑った。
「初めまして、漠様。私、ひゆ・ルイーズ…」
ところが、ひゆが全てを言い終わる前に、漠は彼女の手を取った。
「俺がフルネームを教えてないんだから、君も名前だけで充分。それは後のお楽しみ」
何がお楽しみなのか知らないが、そう言って微笑む漠。
ひゆは、取られた右手をどうしようかと思いながら、こっそり鳶慈に囁いた。
「団には、変わった方がいらっしゃるんですのね」
ははは…と、苦笑いする鳶慈の反対側の耳に、今度は漠が囁いた。
「彼女の案内は俺が引き受けよう。後は任せてくれ」
そしてそのまま、ひゆの手を引いて行ってしまう。
「さあ、行こうか」
「え?あの…」
「す、漠さん!」
パタン。
閉まった扉を、呆然と見つめる残された人々。
「私…まだひゆに挨拶してなかったんだけど…」
琥香が、ポツリと呟く。
「あの……今の女の子は一体…?」
小さな声で尋ねたのは琴佳。
彼女は迢の妹であると簡単に説明した後、とりあえず鳶慈は二人の後を追う為に扉を開けた。
…が、既に二人の姿は無い。
「…あれ?」
ひゆを連れているから、そんなに速く歩く事も無いと思っていたのだが。
団内を案内するわけで、団の外に出たという事は無いだろうが、意外に広い団内。
漠が、何処をどう案内するのか分からない限り、見つけるのは少々困難を要するかもしれない。
鳶慈達が、別に漠を信用していないわけではない。
問題は、漠ではなく…。
「急いで探してきますね」
「ええ、頑張ってね」
ヒラヒラと手を振る琥香を背にして、鳶慈は走り出した。
「あー、ひゆなら、ついさっき来たなぁ」
鴇慈が新しい煙草に火を点けながら言う。
「相変わらず、小さいのな」
余計なお世話。
というか、仮にも不発弾を扱う所で煙草はどうだろう。
しかし、いつもの事なので今ツッコんでいる暇はない。
「それで、兄さん、二人は何処へ行ったの?」
「まだ行ってない所に行ったんだろ?」
「それは分かってるよ!次に何処へ行くとか、言ってなかった?」
「一応、向こうに歩いて行ったな」
「分かった!」
指された先にあったのは、懐古特捜部隊。
そこならば、もしかするとお茶が出されていて、まだ二人がいるかもしれない。
そういう希望を持って、部屋に飛び込んだのだが。
「漠さん達?確かに来たけど、ちょっと覗いて行っちゃったよ。結構前だけど」
鴇慈が『ついさっき』、後のはずの滸が『結構前』。
どうも、鴇慈と滸の間に、時間についての感覚の差があるらしい。
「次に何処へ行ったかわかりませんか?」
「どうだろう…。給食室の方に行ったんだと思うけど…。どうしてそんなに慌ててるの?」
ただ案内をするだけなら、別に漠に任せてしまっても良いはずである。
「すみません、後で説明しますから!」
そう言って走り去る鳶慈の足音に、藍人(兄)が不思議そうに首を捻った。
「鳶慈君があんなに慌てて走り回ってるの、珍しいね」
「ね。確かにあの子、凄い可愛かったから、漠さんと一緒に行動させるのは不安かもしれないけど」
滸と藍人(弟)が顔を合わせて笑う。
その後は、何だか見事なまでのすれ違いである。
まるで鳶慈から逃げるように、二人は違う所違う所へ行ってしまっているのだ。
――どうしよう、このままじゃ…。
鳶慈の不安は的中する。
二人は、一通りの見学を終えて迢と風雅のいる企画実行委員の部屋の前へ来ていた。
「そうか、君は迢さんの妹さんだったんだ」
本当に後のお楽しみだったらしく、ようやく聞いたフルネームでピンと閃いた。
「じゃあ、ココが最後で丁度良かったね。迢さんはココでいつも忙しく働いているんだよ」
「いつも忙しいという話を聞きますけど、一体お兄様は何をしてるんですの?」
「見てみるのが、早いんじゃないのかな」
そしてノックの後に、今までと同じようにひゆの手を引いて扉を開けた漠の前に、風雅が立っていた。
彼は、漠の左手の先、とどのつまり、ひゆの右手を引いている所をじっと見た後叫んだ。
「サンディー!!」
迢が大声を上げる。
「ルー、どうして手を離さなかった!漠逃げろ!」
時既に遅しと言わんばかりに、風雅の前に魔法陣が浮かび、そこから彼にそっくりな男が飛び出してきた。
「今宵の標的(ターゲット)はお前か」
男は、ニヤリとしながら漠を見ると、スッと手を前に出した。
辺りが熱気に包まれたかと思うと、突然男の周りにたくさんの炎が出現する。
「燃えちまいな!」
「何だ!?」
漠が炎避ける為に少し下がった瞬間、風雅がひゆを部屋の中に入れ、男と漠だけを廊下に出して扉を閉めてしまった。
「ストップ!何なんだよ!」
「馬ー鹿。アーティーの前でルー様の手を引いたりするからだ。アイツは男がルー様に触れるのが大嫌いなんだよ」
そして、炎を漠に向かわせた。
「で、俺はアイツがやれって言った相手を適当に炭にするわけ。ほら、大人しく喰らっちまいな!」
「冗談じゃない!」
逃げる漠と、追いかける男。
その背中を見て、鳶慈は、遅かった…と肩を落とした。
「本当に申し訳ありませんでした!」
ひゆが、深々と頭を下げる。
「ほら、アートもザンも謝りなさい!!」
厳しく言われ、風雅も頭を下げた。
「………申し訳ありません」
ところが、もう一人の男は頭の後ろで手を組み、反省の色が無い。
「ザン!」
「だって俺、アーティーに言われたからやっただけだし」
先程魔法陣から飛び出してきた彼は、昇龍・アレクサンダー・ソウルズレッド。
風雅とは双子であり、彼もまた迢達の側仕えである。
彼らは互いを召喚する能力を持っているらしく、呼ばれればすぐに出てくる。
因みに、兄なのか弟なのかは、本人達もわかっていないので謎。
迢とひゆは風雅と昇龍をそれぞれ『アート』『ザン』と呼び、エルフ系以外からは『風雅』『昇龍』と呼ばれる。
…で、彼らはお互いの事を『アーティー』『サンディー』と呼び合ってるので実にややこしい。
「じゃあ貴方はアートに言われれば何でもするのね!アート、ザンにちゃんと謝らせなさい!」
風雅は基本的にひゆの言う事は何でも聞くので、すぐさま昇龍の頭を無理矢理下げさせた。
「痛ぇ…っ!何だよアーティー!俺はいつも通り…」
「ルー様がああ仰っている以上、私はお前に謝らせるだけだ」
「……あのなぁ…。まあ良いよ。分かったよ。そこのお前、悪かったな」
顎で指され、漠は苦笑した。
「スリル満点だったよねぇ〜…」
幸い、怪我などは無かったので、彼もこんな風にのん気に言っていられるのだが。
「やっぱり…まだあの癖は治ってなかったんですね…」
今日は一日中団内を走り回ってすっかり疲れてしまった鳶慈が言うと、迢も疲れた表情で言った。
「治っているはずが無いだろう…。ザンは本当に手加減を知らないから困る…」
兄妹揃って、迂闊に触れてはいけないらしい。
大騒ぎで妹一行が帰った後。
本当の漠の災難はこれから始まったりするのだ。
門までの見送りを終え、団内に帰って来た時に迢は言った。
「ところで漠、お前…ひゆの手を引く必要があったか?」
「え?嫌だなぁ迢さん、アレは自然の成り行きで」
漠はへらりと笑顔を笑顔を浮かべた。
「………自然の、成り行き…?」
が、対する迢の背中には黒いオーラ。
それを肌で感じ取った漠は、一歩二歩と後ずさる。
「…えーと、迢さん?そのー…まあ、ちょっと手を引くくらい、当たり前という事で」
そして脱兎の如く迢の側から離れて行った。
「待て、漠!禾、足止めをしろ!!」
「了解」
「うわ、本気ですか!?」
飛び交う怒声と謝罪と手裏剣と。
騒ぎは、もうしばらく続きそうである。
-了-