俺とお前と天井裏の君
蒸し暑い日々が続いている今日この頃。
廊下の掃除をしていた榊が、隅の方でカビを見つけた。
「あら〜。カビ発見だよ。嫌だねぇ」
「最近妙にジメジメしてるもんな」
すぐ後ろで窓を拭いている十両が答える。
暑いから除雪の仕事なんて無い為、除雪決行部隊の面々は掃除係を命じられたわけで。
何とも納得がいかず、面白い事でもないかと思っていた矢先の発見。
榊は口元を歪ませながら、胸の辺りをゴソゴソと探って小さな怪しい瓶を取り出す。
「さあ、今こそこの、何もかもが一瞬で綺麗に無くなる薬を試す時!」
「ちょっと待て!!」
それを聞いた十両は大慌てだ。
何せ、榊の薬は本人が思っている形で効果が出た事が無く、大抵騒ぎを起こす原因になるからだ。
『何もかもが一瞬で綺麗に無くなる』なんて、カビ以外の物まで無くなってしまったら大変である。
むしろ、彼の薬ならカビ以外の全てが無くなる形になるかもしれない。
そんな事になったら、今彼のすぐ傍にいる自分も危険である。
全力で榊を止めにかかったが、時既に遅し。
キュポンッとコルクの蓋が取れる音が聞こえ、続いて小さな水音がした。
そして次の瞬間。
ギュッ!!ゴガンッ!!
「うわあ!?」
「榊!?」
「何だ!?」
榊の目の前で、太い柱のような物が急激に伸びて天井を突き破った。
壊れた天井から、パラパラと小さな破片が落ちてくる。
「おい、大丈夫か?」
十両が、柱の前で尻餅をついた体勢で呆然としている榊に声を掛けると、彼は恐る恐る振り返って言った。
「……何コレ」
「俺が訊きたい」
どうやら榊が無事なようなのでホッと胸を撫で下ろす十両。
あの勢いで伸びた柱に当たっていたら、きっとただでは済まなかっただろうから。
本人も相当ドキドキしたようで、立ち上がるのもヨロヨロである。
「おかしいなぁ…。カビが消えるだけのはずだったんだけどなぁ…」
まだ落ちてくる破片や粉を払いながら、謎の柱を観察する。
「コレ、もしかしてカビ?」
「はあ!?カビってこんな風に伸びる物なのか!?」
「だから、俺の薬のスペシャル効果で…」
「万が一そうだったとしても、かなり要らないスペシャル効果だな」
「そんな事ないよ。普段は横に広がっていくカビが、縦にググンと伸びる大発明じゃない」
わ〜、そうだとしたら俺って凄い発明家の仲間入り?などと言いながら、榊はくるくる回った。
そんな彼を横目で見ながら、十両は天井に開いた穴を見上げる。
「発明はどうでも良いけど、どうすんだよこの穴…」
柱は結構な太さだった為、開いた穴も大きい。
今は刺さりっぱなしだからあまりわからないが、きっとこの柱が無くなったら相当な大きさだろう。
「しかも、上の階に誰かいて直撃してたら大変だろ」
「それは無いよ〜。だって、突き破ったような音は一回しかしなかったし」
確かに、伸びる際に風を切る音と、天井を壊す音が一度聞こえただけだったが。
「団の建物って、全部の階に天井裏があるみたいだから、一枚破っただけなら平気だよ」
「そうか〜?……そういえば」
十両が、先ほどの状況を思い出す。
「何か、俺達以外の声がしなかったか?」
「いつ?」
「さっき。…そうだ、ちょうどこの柱が天井を突き破った時に…」
-回想-
ギュッ!!ゴガンッ!!←風を切る音と天井が壊れる音
「うわあ!?」←榊
「榊!?」←十両
「何だ!?」←?
-回想終了-
「……うん、聞こえたような気もする」
「な?誰かいたのかも」
「でも、天井裏だよ?」
「まあなぁ…。聞き違いって事もあるし………ん?」
そして同時に二人は顔を見合わせる。
「ココ、天井裏に人がいるじゃん!!」
「そうだ!その為の全階天井裏じゃねぇか!!」
と。
ポタッ
二人が声を上げたと同時くらいに、穴から何かが落ちてきた。
赤い水滴。
穴から垂れてきているだけでなく、柱も伝っているそれは。
「うわあああああ!人を!!人を殺めてしまったーーっ!!」
榊が真っ青になって叫び、走り去ってしまう。
「おいおい待てよ!ショックなのはわかるが、医療チーム呼ぶのが先だろうが!!」
まだ死んだとは限らねぇ!と言いながら、十両もそれを追う。
柱の傍では、どんどんと赤い水溜りが広がっていった。
「……で?」
迢が、眉間にシワを寄せながら、大層怒りを含んだ声で尋ねる。
すると、天井裏から楽しそうな声が聞こえてきた。
「あまりに突然の事で、うっかり声を出してしまってな。悔しかったから、たまたま持っていたトマトジュースを垂らしてみた」
真相はこうである。
砂が、料理にトマトジュースを使いたいという事でたくさん買い込んだものの、余ってしまった。
なので、買い物を手伝ってくれた禾にお裾分け。
それを持って天井裏を移動中、突然謎の柱が伸びてきてビックリして声を出してしまう。
何事かと様子を探っていると、どうやら榊の薬の仕業という事が判明。
先ほど上げた声に気付いたようなので、それが自分という事に二人が気付くまで待機。
気付いた所で、トマトジュースの刑執行。
「想像以上に榊が驚いてしまってな。どうしたものかとお前に相談に来たわけだ」
「くだらない事をするからだ!まったく…。この件に関しては砂に報告するからな」
「あ、いや、それはちょっと待ってくれ!」
禾は思わず迢の前に下りて来て手を合わせる。
「掃除も、天井の修理もしておくから砂には何も言わないでくれ。頼む」
食べ物を粗末にした時の砂は、大変に恐ろしいのである。
どれくらい恐ろしいのかというと、それこそこのように禾が天井から下りて来てしまうくらいであり。
迢の前とはいえ、思わず、そう、あの禾が思わずである。
ああ、恐ろしい。
かくして、呼ばれて大急ぎで駆けつけた知鎧は、周辺のトマトジュース臭さで事情を一瞬のうちに理解。
禾に何事も無かったらしい事を確認した十両は、榊捜索隊を結集。
数時間後、街外れで体育座りをしてブルブル震えている榊を発見、捕獲。
給食室にこもっていた砂は騒ぎを殆ど知らず、禾はホッと胸を撫で下ろした。
やっぱり榊の薬は、騒ぎしか起こさないという事で。
-了-