遊びに来たよ!
「やっほー!」
まだ午前中の団内に、聞き慣れない少年の声が響いた。
とても楽しそうに、そして嬉しそうに受付に走ってくる全身真っ赤な少年。
真っ直ぐ受付に走ってきて、飛びつきそうな勢いで言った。
「こんにちは、俺、綺誰!」
そう、冠座四方会の綺誰である。
その後ろには見知らぬ青年が控えていた。
紀阿は目を瞬く。
綺誰の事は覚えている。
先日夜中に突然乗り込んできた五人の中の一人だ。
大人達の中にたった一人、自分と変わらないかもっと歳下の少年が混ざっていたからとても印象的だった。
「え、えーと…」
戸惑う紀阿に、綺誰はニッコリと笑顔を向ける。
「戦いに来たんじゃないよ。俺、別にアンタ達の事を嫌いじゃないし」
そしてキョロキョロと辺りを見回した。
「一人なの?今は迢、受付してないんだ?」
「うん。私が受付になったから、迢さんは他のお仕事に専念する事になったの」
『専念』といっても、今も彼は複数の仕事を受け持っているわけだが。
「へへ、良かった!アイツ、怖い所がちょっと仁紫に似てるから苦手なんだ。ブレインって皆そうなのかな」
そんな綺誰の言葉に、思わず紀阿は笑ってしまう。
「でも、迢さんは優しいのよ」
「ええー!?……ん〜、まあ、悪い奴じゃないのは分かるんだけど」
人見知りしない同士会話が弾んできた所で、後ろにいた青年がおずおず綺誰に話しかけた。
「…なあ、ココへ来た目的は何なんだ?早くその用事を済ませて帰らないと…」
すると綺誰は呆れたような顔をする。
「何言ってんだよ。俺は遊びに来たの!日が暮れるまで遊んでいくからな!」
青年は驚いて綺誰の肩を揺らした。
「な…っ!絶対やらなきゃいけない大事な用事があるって言うから連れて来てやったんだぞ!?」
「子供は遊ぶのが大事なんだよ。あれならお前、先に帰ってろよ」
「そんな事できるか!」
二人のやり取りを見て、今度は紀阿がおずおずと綺誰に話し掛けた。
「ねぇ、大丈夫なの?」
しかし綺誰は青年の事など全く気にしない様子で言う。
「全然平気!」
「何処が平気なんだ…」
対する青年は、可哀想なくらいガッカリと肩を落としていた。
「ああああ…ただでさえ『見張りきれてない』って言われてるのに、こんな所に『遊びに』連れて来たなんて知れたら…」
めそめそという音が聞こえてきそうな程である。
「きっと帰ったら仁紫様からの恐ろしい罰が待っているに違いない。いや、いつも温厚な朝基様だって今度ばかりは…」
会長と副会長の名前が出てきたせいか、流石に綺誰も思う所があったようで。
「あの二人の事は俺が何とかするからさ。俺だってたまには会以外の奴と遊びたいよ。第一」
綺誰は、つーんと口を尖らせた。
「一番歳が近いケンタで18歳だぜ?こっちなら15歳だ」
なー?と紀阿の方を見る。
「うん、私は確かに15歳だけど…綺誰君はいくつなの?」
「俺?13歳」
紀阿はビックリした。
「13歳なのに、戦闘団にいるの?学校は?」
「そんなの行ってないよ。行った事も無い」
「ええ!?」
一応この世界でも、14歳までの義務教育があるのだが。
「だって俺、ずっと四方会にいるよ。困った事ないし、良いんじゃないの?」
ああ、と綺誰は手を叩いた。
「そうそう、遊び相手には困ってるんだ。な、遊ぼう」
さっと紀阿の手を取って、受付から引っ張り出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
受付を乗り越えてしまう形になり、紀阿は大慌てだ。
「遊ぶっていっても私、ココから離れるわけにはいかないから。他に誰か来たら困るでしょ?」
「そっか〜。じゃ、誰か暇な人いない?」
「……で、どうして俺達が呼び出されるのか是非訊きたいんだが?」
十両が、笑ってるの半分怒ってるの半分というような顔でそう言った。
手がプルプル震えていて、今にも何処か殴り出しそうである。
「ご、ごめんなさい。他に手が空いてそうな人がいなくって…」
あはは…と苦笑いしながら紀阿が答える。
「大体、この子18歳より下の遊び相手が欲しいんでしょ?それならうちの四人じゃユキしかいないじゃない」
そう言った榊の顔を見て、綺誰が驚きの声を上げた。
「えー!?アンタ18歳越えてんの!?」
そのあまりの驚きっぷりに、榊はちょっとムッとする。
「越えてるっていうか、ちょうど18歳だけど何か変?」
「変っていうか見えないね。朝基とかも若く見えると思ってたけど…」
綺誰はまじまじと榊の顔を見て、その後十両の方を見た。
「あ、アンタは見えるよ、大丈夫。むしろ角度によっては老けてるかも」
ぷちん。
「何だとこのガキ!!」
思わず手を上げる十両を、慌てて宙爲が止める。
「落ち着け十両。まあ良いんじゃないか。結局の所歳がどうこうっていうより、四方会の奴以外と遊びたいだけだろ?」
「おー、包帯の兄ちゃん良い事言うな。平たく言うとそうだよ。遊んで欲しいんだ。さ、行こうぜ」
「オイお前!リーダーに馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ!」
今度は宙爲の手を取って早速出発しようとする綺誰の手を、パシッとユキが弾いた。
「痛っ!何すんだよ!」
「何が『包帯の兄ちゃん』だ!『宙爲さん』と呼べ!」
「あ〜ん?何威張ってんだアンタ。良いじゃん、別にどう呼んでも。第一、今初めて名前聞いた」
睨み合う二人の間に青年が入ってなだめる。
「すまないな。会では綺誰は皆呼び捨てか適当なあだ名で呼んでるから、『さん付け』に慣れてなくて」
「まー、ユキも殆ど変わらないけどね〜」
榊がボソッと呟いた。
「でも、一番歳下なのにそんなので良いの?会って団よりずっと上下関係厳しいって聞いたけど?」
すると青年は、そうだな、と言う。
「年齢は一切問わず、その立場で決まる上下関係だから。まあ大体は年齢順だけど、綺誰は特別」
十両があからさまに嫌そうな顔をした。
「特別って…まさかコイツ、そんなに偉いのかよ?」
「綺誰は朝基様に次ぐ権力の持ち主だ」
「ええー!?綺誰君凄ーい!!」
思わず声を上げる紀阿だったが、当の本人は全く興味が無さそうだ。
「そんなの、気付いたら朝基が勝手にそうしてただけじゃん」
宙爲が眉をしかめる。
「んん?でもこの前聞いた話だと、仁紫って奴が副会長で偉いって感じだったけど」
「勿論、仁紫様も朝基様に次ぐ権力の持ち主だ。綺誰と仁紫様は殆ど変わらない立場って所かな」
信じられないという顔で、皆が一斉に綺誰を見た。
綺誰はもうその話はうんざりだという顔をしている。
「ただ、仁紫様はブレインだから、外から見るとより偉いように見えるかもしれないな」
「でも、仁紫の事は『様』って呼んでるけど、コイツには普通の口調だよな?」
十両がクイッと親指で綺誰を指す。
「それは…綺誰がそうしないと嫌がるからで…。俺以外の会員は、ちゃんと様付けしてるよ」
「じゃ、君も偉いって事?」
榊が青年の顔を覗き込むようにして尋ねた。
彼は一歩引いて、少々躊躇うようにしながら答える。
「いや、俺は普通の会員で特に偉いとかそういうのは…」
「あ」
ぽふっと紀阿が手を叩く。
「そういえば、貴方の名前は聞いてませんでしたね」
「ああ、俺は江田謙次郎(こうだけんじろう)。…ケンタって呼ばれてる」
……何でケンジロウなのにケンタ?
ざわつく団員達に、ケンタは必死で説明する。
「…えーと…会に入った初日に綺誰にそう呼ばれて、それ以来ずっと他の会員からも…」
綺誰様は偉い。
偉い綺誰様がそう呼んでいるのだから、我々もそう呼ばねばなるまい。
そんなノリなのだろう。
「だって謙次郎って長いからさぁ」
「せめてケンジにしておいてくれれば、いちいち名前言う度に説明しなくても済んだんだよ!」
「何となく濁点が嫌だったんだよ。苗字で呼んでも下の名前で呼んでも入るから、だからケンタ」
他人様の名前に対して何と我が侭な。
言い合う二人に半ば呆れながら宙爲が切り出す。
「まあ、大体の事はわかったから。遊ぶだけなのにそれ以上知る必要もないだろ」
「おお、相変わらず良い事言うな。じゃあケンタ、俺はコイツらと遊んでくるから」
「え、待てよ。俺も行くから…」
「駄目!お前がいたら会にいるのと変わらないだろ!」
そう言って綺誰は、ケンタを置いて宙爲達と中庭へ行ってしまった。
「い、一応敵地って事を忘れるなよ…?」
肩を落として呟くケンタに、紀阿はニッコリと微笑みかける。
「まあまあ。宙爲さん達なら大丈夫ですよ。紅茶かコーヒーでも飲みますか〜?」
返事を聞く前に既に準備を始めた彼女の背中を見て、諦めたようにケンタは言った。
「どっちでも構わないけど、砂糖は抜きで。俺、甘いの駄目なんだ」
「じゃあ私も飲めるように紅茶にしますね。レモンとミルクとストレート、どれにします?」
「……レモンを…」
「はーい。そこにあるテーブルの所にどうぞ〜」
必ずというわけではないけれど、団を見学しに来た人にはこういうサービスをすることも。
ゆえに紅茶、コーヒー、緑茶その他諸々色んな物が揃っております。
当然のようにちょっとしたお菓子も。
――甘い物が駄目らしいけど、何が良いのかしら?
そう思いつつ適当に選びだし、ティーカップを準備する。
嬉しそうに二つのティーカップとお菓子を運びながら、思い出したように紀阿が言った。
「そういえば、綺誰君は歳が近い子と遊びたいって言ってたし、もう一人呼びましょうか」
「え?」
「たくさんで遊んだ方が楽しいですから!」
カーンッ
「痛っ!」
「あー!大丈夫かー!?」
向こうの方から飛んできた缶に気付かず頭に直撃したのは鳶慈。
運動が(異様に)得意な兄と違い平々凡々、もしくは不得手寄りとも言える彼だが遊ぶのは大好きである。
紀阿から誘いを受け、団長(代理生物)の許可を得て中庭にやってきた早々の出来事。
良い音が響いたので心配した宙爲が駆け寄ってくる。
「赤くなっちゃったな」
「いえ、全然大丈夫ですよ、このくらい」
当たった所を押さえながら鳶慈は苦笑した。
――今のはどっちかっていうと避けるどころか気付きもしなかった僕が悪いんだし。
ちょっと情けない気分になりながら、庭の中央辺りを見る。
他の皆がこちらの様子を窺っているようだ。
「缶…って事は缶蹴りですか?」
鳶慈の頭に当たってさらに遠くへ飛んだ缶を拾いながらその質問に答える宙爲。
「そうそう。でもちょっとお前が思ってるのと違うかも」
「どんな缶蹴りなんですか?」
「鬼は缶を守る側じゃなく蹴る側。たった一人で残り全員が守っている缶を蹴りに行く」
「えーと…それってどうやって鬼を交代するんですか?」
「最初に順番と何周するかを決めておいて、制限時間内に蹴る事ができたら勝ち。出来なかったら負け」
宙爲は、皆がいる所に辿り着くまでに全部説明してしまおうとちょっと早口で言う。
「で、勝つと1ポイント貰えて、最終的に一番ポイントが高かったヤツが優勝だ」
「なるほど」
ルールは大体分かったが、一対複数というのがちょっとハードそうである。
「今、俺が鬼でポイント貰った所。ちょうど一周した所だから、次にお前が鬼になれよ」
仮にも戦闘要員である宙爲は運動神経が良い。
ついでに十両もそんな感じな上に体が大きい。
そこへ榊や遊々、どういう動きを見せるか全く未知数の綺誰が混ざるとなると…。
「あの…皆、最初に缶からどれくらい離れてるんですか?」
「3mくらい?」
――遠いと思うべきなのか、それでも足りないと思うべきなのか…。
何だか緊張してしまう鳶慈である。
そういえば制限時間は…と聞こうとした所で、視界の端から赤い塊が飛び込んできた。
「誰?誰?鴇慈にそっくりー!」
幸い楽しく遊べているらしく、大興奮した綺誰が鳶慈の周りをぐるぐる回る。
「はじめまして。僕、鴇慈の弟の鳶慈」
「そっか!鴇慈の弟なんだ!俺、綺誰。よろしくな!アンタも一緒に遊ぶんだろ?」
「うん、そうさせてもらうつもり」
「いきなりで大丈夫なの〜?」
榊がちょっと疲れた顔で言った後、そっと鳶慈に耳打ちしてくる。
「もうルール聞いた?リーダーはともかく十両は容赦ないよ。リーダーと十両しかポイント取れないってコレ」
予想通りというか、何というか。
「嫌だね〜。俺相手ならまだしも、ちょっとくらい子供に勝ちを譲ってやれば良いのに」
やれやれ、と肩をすくめる。
そして全身から黒いオーラを出しながら、ボソリ。
「…何でも有りなら、色んな手段があるんだけどねぇ…」
手がポケットの辺りをウロつきつつ、そんな事を呟かれると非常に恐ろしい。
「ま、まあ変に手加減されるより、本気で遊んでもらった方が面白いって事もありますし」
鳶慈は慌てて、それと気付かれないように牽制しておく。
危ない薬でも使われたら大変である。
「それはそうだけどね」
パッと普段の表情に戻りながら、榊がアッサリと言った。
「実際、ポイントとか関係なく楽しんでるみたいだし」
早く続きをやろうぜ!と手を振る綺誰は、本当に楽しそうである。
「それじゃ、せいぜい死なない程度に頑張りますか」
もう一度肩をすくめながら、榊は自分の場所に戻った。
結果。
「よし!優勝!!」
勝利の雄叫びを上げたのは、最後まで全く手加減の無かった十両。
そのすぐ傍では榊が、座り込んでゼーゼー言っている。
「じょ、冗談じゃ…ないって、こんな、ハードなの…」
「仮にもお前も戦闘団の一員ならもうちょっとしっかりしろよ」
そして背中をバシバシ叩かれて今にも死にそうである。
何だかんだで真剣に取り組んだようだ。
基本的には遊びも全力、それが除雪メンバー。
「おい、榊は一応頭脳労働系なんだからあまり無理させるな」
一応の部分を強調しながら宙爲が言った。
頭は悪くないが、その使い所を間違えているからだろう。
あまり体力があるように見えない鳶慈や遊々、綺誰は案外ケロリとしていた。
「俺も、もう若くないね…」
ふふふふ…と榊が別世界に行きかけたので、宙爲が慌てて指示を出す。
「十両、榊を医務室に連れて行け」
「あ、はい」
リーダーの指示には従いたいけどちょっと嫌だなぁという目つきでチラリと見つつ、十両は榊を促した。
とりあえず、手元がポケットに行かないか要注意である。
「さてと、次は何をする?」
二人が医務室に向かうのを確認しながら宙爲が振り返った時、何処からともなく声が聞こえてきた。
「いつもの人ー何処にいるのー?手伝って欲しい事があるんだけどー」
ハッ!と宙爲の顔色が変わる。
「砂だ!お、おい、悪いけど俺はココを去るから後はよろしくな!」
「あ、リーダー待って下さい!」
全力で駆け出していく宙爲と、それを追う遊々。
恐らく砂も事情を知れば手伝いを頼まなかっただろうが、宙爲としてはもう条件反射らしい。
ダーッと、タイムを計っておけば良かったのではないかと思うほどの素晴らしいスピードで姿を消した。
「えーと…」
後に残されたのは鳶慈と綺誰。
「綺誰君、何をしたい?」
ちょっと迷った後、とりあえず訊いてみる。
すると綺誰は、ボフッと近くの芝生に座り込んで言った。
「実はさ、結構疲れたんだよね。ちょっと休憩」
鳶慈はちょっと安心する。
「ホントの事言うと、僕も疲れちゃったんだ。良かった」
綺誰の隣に座って一息ついた。
「でも面白かった!だって会の奴等って、絶対こんな風に遊んでくれねぇもん」
不満げに口を尖らせる綺誰に、鳶慈は不思議そうな顔をする。
「そうなの?四方会って人がたくさんいるって聞いたから、誰か遊んでくれそうだと思ってた」
「いるだけだよ、あんなの。一応上の奴の命令は聞くけどさ、何ていうか…ただ言われてやってるだけって感じ」
「上の…。あ、綺誰君も偉い人なんだっけ?」
「……」
綺誰が黙り込んでしまったので、鳶慈はハッと気付いた。
「ご、ごめん。悪い事言っちゃった?」
「いや、ホントの事だから良いよ別に。最初から朝基の次くらいに偉いんだ。皆俺の命令も聞くよ。でも」
「でも?」
「何よりも朝基の命令が絶対だ。俺が先に何言ってたって、後で朝基が別の事言えばそっち」
あ、と綺誰が付け加える。
「朝基は会長なんだからそれは別に構わないんだけど、俺は誰からも特別扱いなんて…」
そのまま綺誰が黙り込んでしまったので、鳶慈はあたふたとする。
自分がそういう方向に話題を持っていったしまったせいだと思ったからだ。
――別の話題…でも、いきなり全然違う方向に持ってくのも変だし…。
じゃあ、何を話せるかなぁというと、自分の事である。
「えーと…、僕もね、ココに入った途端いきなり団長補佐なんていうちょっと凄そうな役になっちゃったんだ」
「へえー、そんな仕事なんだ。じゃ、アンタも偉いの?」
勿論鳶慈はぶんぶんと首を横に振る。
「ココは大体何でも歳の順だし、偉いとかそういうのがある感じじゃないから全然なんだけど」
――第一団長って、いつも傍にいても何してるかよくわからないくらいだし。
一応それは黙っておく。
「でも今、綺誰君に偉いかもって思われたような役だけど、僕、全然気にしてなくって」
「……」
「だから…何て言うのかなぁ…。例え、綺誰君が偉い所にいても、普通にしてれば良いんじゃないかな」
「…………」
「…えーと、変な事言っちゃったかな」
てへへ…と鳶慈は頭をかく。
「…嫌なんじゃないんだ、俺はアイツにとってホントに特別だから……」
「え?」
ポツリと綺誰が呟いたので、鳶慈は顔を覗き込む。
俯いているけど、落ち込んだり泣いているわけじゃなくて…。
くすくすくす…。
「え?え?」
鳶慈はどうしたのかわからなくてオロオロするばかりだ。
しかし綺誰は、満面の笑みでこちらを向いた。
「元々いつも普通にしてるつもりなんだけどさ、どうしても周りがさ」
あーあーと言いながら寝転がる。
「ケンタだって他の奴に比べればまだマシだけど、それでもやっぱり壊れ物扱いだもんな」
「立場上偉い事になってたら仕方ないよ」
「そうだよなぁ。俺に何かあったら大変だもんな」
うんうん、と真剣に頷く綺誰。
それが本当に真剣そうだったので、鳶慈はこんな事を思う。
――きっと綺誰君は、僕と違って本当に何か大切な事情で偉い立場になったんだろうな。
まあ、鳶慈ほど適当に偉そうな立場になってしまうパターンも珍しいだろうが。
しかも、あくまで『偉そう』であり、全然、決して、全くもって偉くないわけで(強調)
――大変なんだろうなぁ…。
年上の会員達が、自分の立場を恐れて頭を下げてくる環境なんて、鳶慈には想像がつかなかった。
が、多分そんなに気持ちの良いものでは無いだろうな、と思った。
「どうしても嫌になったら、またココに遊びに来れば良いじゃない」
気軽にそう言う鳶慈に、綺誰はビックリした顔をした。
「……変なの」
「何が?」
「一応俺達敵同士なんだぜ?遊びに来いってどういう事だよ」
「あ、そうか」
鳶慈が本気で忘れていたようなので、綺誰は声を上げて笑う。
何だか鳶慈も笑いがこみ上げてきて、結局二人で笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、空を見て綺誰が立ち上がる。
「もうすぐ夕方だな。流石に帰らないとまずいかな」
「本当だ。僕も…」
――戻らないと『まずい』って事はあんまり無さそうだけど…。
鳶慈は心の中で苦笑いしながら、続いて立ち上がった。
受付の方へ向かう途中で、先を歩いていた綺誰が思い出したように言う。
「今日はありがとな」
「ううん、僕も楽しかったよ」
「さっきの兄ちゃん達にも言っておいてくれよ」
「うん」
「それから話を聞いてくれた礼に、アンタにだけ面白い事教えてやるよ」
「面白い事?」
綺誰はすっと近付き鳶慈の耳元でボソッと囁いた。
「――――」
「……え…?」
まるですれ違うようにそのまま後ろに過ぎていく綺誰に対して、鳶慈は言葉が見つからなかった。
――今の…?
聞き間違いでは、無いと思う。
「そ、それってどういう…?」
ようやくそう言ったが、綺誰はニヤリと笑うばかりだ。
「朝基も、俺が知ってるって事を知らない秘密だ。皆には内緒な」
「う、うん」
辛うじて頷いてみたものの、鳶慈の頭の中は現在大混乱中である。
――え?だって朝基さんは…。それから綺誰君は…。
グルグルと思考を巡らせているうちに、いつの間にか受付に辿り着いていた。
綺誰もケンタも、すっかり帰る準備万端だ。
「ねぇ、綺誰君さっきの…」
鳶慈はそう切り出してみたが、綺誰は先程と同じ表情を浮かべる。
「内緒、内緒」
そう言われてしまっては、鳶慈も引き下がるしかない。
「…うん」
――そのままの意味じゃないのかも。綺誰君の様子だと、あんまり深く考えない方が良いのかな。
という事で、教えてもらった秘密について考えない事にした。
そんな二人をケンタが怪訝そうに見ているのに気付き、綺誰がさっと出口に向かう。
「じゃあ、またな!」
「うん、またね!」
「ばいばーい!」
「ごちそう様……って、『また』って何だ綺誰!」
「『また』っていうのは『再び』って事だよ」
「そうじゃなくてー!!」
大騒ぎしながら出て行く二人を、紀阿は楽しそうに見送る。
「この前五人が飛び込んできた時にはビックリしたけど、あの二人は普通に良い人達だね」
「そうだね。多分、会だってうちの団みたいに良い人達ばかりなんだと思うよ」
「今度は私達の方から遊びに行っちゃおうか」
いやいや、それはどうかと思うが。
かくして、何事も無くその日は終わるのだった。
綺誰から教えてもらった秘密がとんでもない事だというのを鳶慈が知るのは、まだまだ先の話。