冷たい秘め事
…夏なんである。
とどのつまり、暑いのである。
日中、嫌というくらい照りつける太陽。
負けじと熱を返す地面。
とにかく暑い。
多くの人々はクーラーの効いた快適な部屋に逃げ込み、ゆったりとした時間を過ごしているであろうそんな季節。
当然、そうもいかない人間だっているわけである。
「――――暑い!!」
大きな声が壁に当たって跳ね返り、自分の元へ戻ってくる。
それがまた、イライラする。
机にぐったりと体を預けながら再び一言。
「暑い〜〜」
先程より控えめではあるが、普通の人の声よりは大きめ。
そう、声の主は恵方である。
「何回言ったって、気温は下がらないよ」
落ち着いた声で言いながらも、うちわで自分の顔の辺りを扇いでいるのは翔汰。
「でも暑いもんは暑いんだよ。っつーかお前、何でこんな日もそんな格好なわけ?」
恵方はげんなりとした顔を向ける。
翔汰に対して『そんな格好』と言えば、当然の如くジャージである。
彼は暑い時でも、ご丁寧にジャージを着ていた。
「何か癖で…。あ、でも冬とは素材と中の服が違うから」
それを聞いて、恵方は呆れた顔になる。
「長袖な上に、中にも服着てんのかよ…。信じらんねぇ…」
そして再びぐったり。
ココは翔汰の部屋。
寮の部屋には、基本的にクーラーが無い。
若いうちは汗をかけ、と団長が言ったかどうかは定かではないが、とにかく無い。
例外として、迢や藍人達のように体が弱い団員の部屋にはあるのだが。
だからいつもは藍人達の部屋に転がり込む彼らだが、今日は病院へ行っていて二人がいない。
流石に主のいない部屋に勝手に入り涼むわけにもいかず、こうしてココで愚痴をこぼしているわけである。
「お前の部屋の方が風通し良いかと思ったけど、こんなに暑いとちょっとの風くらいじゃ変わらねぇなぁ…」
「はい、コレ」
「あ?」
ニッコリと笑顔で渡されたのは、先程まで翔汰が使っていたうちわ。
一応受け取りながらも、恵方は不機嫌な顔を返す。
「…うちわとかってさ、自分が体動かして風送るじゃん。結局の所暑いってオチは無しか?」
「どうなんだろうね」
「よし翔汰、俺の事扇げ。俺がお前を扇いでやる」
「…それじゃ変わらないだろ」
「じゃあお前だけ俺の事扇げよー」
「ええ〜?」
何だよそれ…と言いつつも、翔汰である。
思わず言われた通りに扇いでしまったりして。
「うう〜…それでも暑い…。せっかく今日休みなんだし、プールか海に行きてぇなぁ…」
一生懸命扇ぎながら、翔汰が応える。
「でも、どっちも車無いとちょっと辛い距離だよな」
一応バスというモノはある。
…が、ちょっと街から離れている北斗七星団。
まずバス停が遠かったりするのである。
「ああー、まだ免許取れねぇよー」
車の免許は18歳から。
そして彼らは17歳。
ちょっと惜しい。
バイクは16歳で取れる事になってるので、年齢的にクリアできているが、今すぐいきなり取れるものでもなく。
「面倒臭がらないで、取りに行っておけば良かったね」
「でも、あのマニュアル量見たか!?俺ああいうの覚えんの苦手なんだよ!」
「そうは言っても、いつか車の免許が欲しいなら、もっと凄いの覚えないと駄目なんじゃないの?」
「……人生は厳しいなぁ…」
18歳になるその日まで、今から少しずつ勉強しておくべきなのか。
いやそれよりも、今のこの暑さをどうにかする方に頭を働かせよう。
そんな感じにしばらく机に突っ伏していた恵方が、何か閃いた顔で起き上がった。
「そうか、共同浴場だ」
共同浴場。
寮の各部屋に小さなバスルームがついているが、広いお風呂が好きというそんな貴方の為に共同浴場も存在する。
しかし当然、使ったら掃除をしないといけない。
広い風呂場の掃除はかなり大変。
という事で、滅多に使われる事は無いのだが。
「共同浴場って…まさか、恵方…」
想像に難くない嫌な予感。
「あそこに水入れちゃえば、プールと一緒だろ。ちょっと浅いけど」
「ちょ、ちょっと待てよ!そんなの駄目だろ!?」
「何でだよ。後で掃除しておけば構わないだろ」
言いながら恵方は、さっさと水着を準備して共同浴場へ向かう。
「深さどれくらいだったっけ?泳げるかなぁ」
「いや、だから!」
恵方が翔汰の説得など聞くはずもなく、ついに二人は共同浴場へ辿り着いてしまった。
「絶対まずいって!」
「平気平気。とりあえず水入れてくるぜ。お邪魔しまーす!」
ガラガラガラッ
元気良く言って浴場へ続く引き戸を開けた所で、恵方と翔汰の目が点になった。
実に見覚えのある三人の姿が見えるのだ。
「………嘘……」
「鴇慈さん!夜栄さん!旨篤さんまで…何やってるんですか!?」
突然の戸の開く音にもあまり動じずに、三人は余裕で振り返った。
「相変わらずアイツはうるさいな…」
旨篤が顔をしかめる。
「見つかったぞ…。どうする…?」
表情を変えないまま、夜栄が鴇慈を見る。
「この時間にこんな所に来てるんだ。目的は一緒だろ。そのまま共犯にしてやれば良い」
鴇慈は笑顔で夜栄に返して、今度は恵方達に声を掛ける。
「来いよ!ただし、滑るのと浅いのには気を付けろよ!」
恵方と翔汰は顔を見合わせた。
「…先客がいたみたいだな…」
「そ、そうだね…」
必死になって恵方の事を止めていたのが、馬鹿馬鹿しいと思う翔汰である。
「まあ良いや。鴇慈さん達がいるなら平気だろ。お前も水着取って来ちゃえよ」
「…うん」
「まさか、鴇慈さん達がいるとは思いませんでしたよ」
ようやく満足そうな顔をして、恵方が言う。
「俺、こんな事しちゃまずいんじゃないかって思ってましたけど、鴇慈さん達がいるなら安心ですね」
続けてそう言った翔汰に、鴇慈は少々きょとんとしたような顔を向けた。
「いや、ホントはまずいだろやっぱり」
「え!?」
翔汰の顔が青ざめる。
「なぁ?」
鴇慈が同意を求めると、夜栄と旨篤はうんうんと頷いた。
「……だから秘密……」
「うむ。けれど暑いものは仕方あるまい?このくらいの事で涼が取れるというなら、容易いではないか」
「でも鴇慈さん達は免許があるんだから、海でもプールでも行けるんじゃないですか?」
「馬鹿者。このような日にそんな所…それからそこへ向かう道路がどういう状態か、想像できるであろう」
つまり、混んでるから嫌だ、という事。
実にもっともな意見である。
「初めての夏からずっとこうだもんな。あの頃は免許も無かったし」
流石初代メンバー。
遠慮もへったくれもあったものじゃないらしい。
「…見つかった事はないんですか?」
恐る恐る翔汰が尋ねる。
「……見つかって、怒りそうなのって誰だと思う?」
楽しそうに鴇慈が訊き返す。
「迢さん!」
すかさず恵方が答えた。
「じゃ、訊くが、その迢はココに近付くような奴だと思うか?」
「……あ」
触れられるのは勿論の事、肌を見られる事も嫌うあの男が、共同浴場などという所に近付くはずは無い。
そして迢以外の誰かが、こういう事に関して鴇慈達に何かを言うとは思えない。
むしろ一緒になって遊んでしまうような連中ばかりである。
実に盲点だった。
「だから大丈夫だろ。アイツの前で、口滑らせないようにな」
「それから恵方、お前はあまり騒ぎ過ぎないようにしておくのだぞ」
「了解!」
「それをやめろと言っているのだ!」
「……旨篤もうるさい……」
「ホントに良いのかなぁ…」
翔汰の不安をよそに、時は過ぎていくのだった。
後日談。
「毎年毎年夏にだけ妙に水道代が跳ね上がるのに、本当に俺が気付いてないとでも思ってるのか…」
その計算能力を生かし、実は会計も兼ねている迢が請求書を前にボソリと呟いた。
けれど彼は自室にクーラーがある身。
気付いていても、なかなか怒れないというだけだったのでした。
-了-