封印!封印!?


「お嬢さん、お嬢さん」
それがまさか自分に対して掛けられている言葉だと誰が思うだろうか。
そのまま店の前を通り過ぎようとすると、店主が苦笑いするのが視界の端に入った。
「無視か〜。お嬢さん、見た目の割に厳しいなぁ」
店主の体も、顔も、そして目も自分に向けられていた。
嫌な予感がして辺りを見回したが、その店の前にいるのは自分だけだった。
くるりと店主の方を向く。
「…もしかして、僕に話しかけてるんですか?」
憮然とした表情でそう言うと、店主が驚いた顔をする。
「あれ?……もしかして男の子?いや、何ていうか可愛かったからつい」
「それって僕にとって全っ然褒め言葉じゃないんですけど!むしろ失礼だ!」
女の子に間違えられたのは初めてじゃない。
というより、はっきり男とわかる服の時ですら間違えられる事まである。
今だってそうだ。
絶対に女の子が着ないとは断言できないが、こういう格好をしているのは断然男の方が多い。
それなのに。
本人としては見た目も中身も『男らしい』つもりなので納得がいかない。
「一体何処が女の子に見えるのか、はっきり言って貰いたいですよ!」
怒りも顕に詰め寄ると、店主はごまかし笑いをしながら言った。
「ごめんごめん。可愛かったから…じゃなかった…えーと、そうだ、お詫びにコレをあげる」
店主が取り出したのは、色とりどりの紋章が描かれた一枚の紙。
如何にもご機嫌取りのように出されたのが気に喰わないが、とりあえず受け取る。
「……何コレ?お札?」
「お札なのかなぁ。シール状になってるんだけど、部屋の壁にでも貼ったら綺麗じゃない?」
「売ってるのにわからないんですか」
「何せ、こだわりなく適当に仕入れてる雑貨屋だから」
店主は、あはははーと明るく笑った。
「まあ、せっかくだから貰っておこうかな。ありがとうございます」
「もう二度と女の子だと思わないから許してね」
「くどいですよ!」
最後にもう一度キッと店主を睨んだその少年は、紛れもなく漉火である。
街への買い出しの自由時間の出来事。
「確かに綺麗だなぁ…」
光にかざすとキラキラ光るそれを、漉火はとりあえずポケットにしまった。

夜。
着替えをしようとした時に思い出す。
「そういえばコレ…」
それなりに動いたのだが、シールにはシワ一つない。
「ポケットに入れておいたのに、不思議だなぁ」
ポツリと呟きながら、漉火はベッドの隣の壁にぺたりとそれを貼り付けた。
「綺麗だけどこういうの貼っちゃうと、後で剥がしたいと思った時に大変なんだよね〜」
その通り。
本当に大変な事になってしまうのである。


「!」
今日は買い出しの日なので仕事自体はお休み。
けれどできる事はやってしまおうと企画部屋にこもっていた迢の肩がビクリと震えた。
「どうした?」
天井裏から、禾の心配する声がする。
「いや…」
そう言いながら、迢はキョロキョロと辺りを見回した。
「禾、侵入者の気配はないか?」
「いや、特に」
「そうか。申し訳ないが俺は席を外す。その間少し外に気を配っておいてくれ」
「わかった」
「理由は後で必ず話す」
「ああ」

「!!」
「ユキ!?」
突然ユキが口元を抑えてかがみ込んだので、宙爲が大慌てで覗き込む。
すぐ傍にいた十両と榊も心配そうな顔だ。
「だ、大丈夫ですリーダー。でも…」
「でも?どうしたんだ?大丈夫か?」
「わかりません…。何だか急に体から力が…」

『…兄さん!』
焦った顔で振り返る弟に、藍人(あいと)は頷いた。
「大丈夫…。藍人(らんと)こそ、平気?」
『うん。でもこれって…』
「いきなりだね。どうしたんだろう?」

ハッと翌が顔を上げる。
「砂さん、何か感じましたか?」
「ん〜?何〜?どーなやってん?」
「………え?」
驚いた表情を浮かべる翌に、砂は首を捻った。
「どーなやってん?」
「……いえ…その…」

ドサッ!
いつも通り滑るように廊下を空中移動していた旨篤が、突然尻餅をついた。
そして呆然とした顔をする。
「…旨篤?」
同じくいつも通り廊下を移動していた夜栄が、床から姿を現す。
「…躓いたのか?」
「飛んで移動してる俺様が躓くか!」
しっかりツッコミを入れながら、旨篤はゆっくりと立ち上がろうとした。
…が、立てない。
「…どうしたんだ?」
「力が…出ない…」
「空腹か…」
「断じて違う!」
大きな声で言って壁を叩くが、それも何だか頼りない。
「どうした事だ…」
夜栄の手を借りて立ち上がりながら、旨篤が呟く。
そこへ迢が現れた。
「やはり一番酷いのはお前か、旨篤」
「ふん、貴様こそいつにも増して顔色が悪いぞ」
「こんな大変な時に強がるな」
「…わかっている」
二人が何を話しているのかが全くわからず、夜栄は黙って首を傾げる。
それに気付いた旨篤が彼に説明した。
「魔力が封じられたのだ。だから俺様は少々身体のバランスが取りにくい」
魔族は魔力の塊のようなものであり、何をするにも無意識で魔力を使っているのである。
ゆえに、突然魔力が封じられた今、立つ事さえままならなかったのだ。
「しかし、お前の魔力すら全て封印される程とは…」
「原因はわからないのか?」
「ああ、あまりにも突然だったのでな。侵入者などもいないようだし…」
「感じているのは俺様達だけか?」
「俺は…わからなかった…」
「ある程度以上の魔力が無ければ、封印されても支障が無いからわからないだろう。とにかく」
迢は廊下を見渡しながら言う。
「すぐにでも原因を探らないとな」


「そういうわけで、せっかくの休みの夜に申し訳ないが原因を探りたい」
夜会よりもちょっとだけ早い時間だったが、事が事だったのですぐに皆が集まった。
約一名、既に深い眠りについていて姿を現していないようだけれど…。
あらましを聞いた宙爲が尋ねる。
「なあ、解決したらちゃんと魔力が戻ってくるのか?それまで魔力が無いだけで、特に何ともないのか?」
「恐らくは。まあ、旨篤は魔力が戻るまで時間が掛かるかもしれないが、いつもに比べて体に力が入らないだけだろう」
「そうか、それなら良いんだけど」
ユキの元気が無いのでだいぶ心配したようだが、それを聞いて宙爲はホッとした。
「そうか。だからあっ君とらんちゃんがいつもよりもっと大人しいんだ」
「ただでさえ静かなんだから、さっさと原因を見つけて元以上に元気にならないとな!」
滸と恵方が気合を入れる横で、翔汰が首を捻る。
「でも、その原因って一体どうやって見つけたら良いんですか?」
当然の疑問である。
「そうですよね。私達は魔力が封じられた事も気付かなかったくらいなのに、見つけられるんでしょうか?」
鈴琶が尻尾をパタパタしながら、うーんと悩む。
しかし迢はすぐ、大丈夫だ、と言った。
「あんなに突然、これだけの範囲の魔力一切が封じられたという事は、術の類ではなく道具を使った物だろう」
「術を使われたのだとすれば、魔力の動きで俺様達が気付くだろうしな」
迢の意見に旨篤が頷く。
「なるほど。つまり、団の中に見慣れない何かがあればそれが原因という可能性が高いわけですね」
漠が周囲をぐるりと見回しながら言った。
いつも皆が集まるこの部屋には、特に異変はない。
「その通りだ。何かあったら俺に報告してくれ」
そう言いながら、迢は眉をひそめた。
「しかし疑問なのは、これほど強力な封印となると、団内に直接進入して仕掛けるしかないはずなのだが…」
禾曰く、侵入者はいないとの事である。
無論この広い団内、全てを彼が把握しているわけではないだろうが、あからさまに怪しい気配を逃すとも思えない。
「とにかく探してみるしかない。封印というと札のような見た目で貼られている可能性として高いから…」
「えええっ!?」
壁や天井をよく見てくれ、と迢が続けようとした所で漉火が声を上げた。
皆が一斉にそちらに目を向ける。
「漉火君、どうしたの?」
鳶慈が心配して呼びかけるがそれには答えず、漉火は迢に尋ねる。
「あの!それってシールみたいになってたりしますか!?」
「…まあ、その可能性もあるな」
「うわー!大変!!」
説明もなく慌てて駆け出す漉火を皆で追いかけた。

辿り着いたのは漉火の部屋。
彼は、勢い良く扉を開けて飛び込んだ。
他の団員はとりあえず部屋の前でその様子を窺う。
「どうしたんだろう?」
再び心配する鳶慈に、呆れ顔で漉火の方を見ていた迢が言った。
「アイツが何か知っているんだろうな…」
そして、壁の前でオロオロしている漉火に近付く。
「何をした?」
「え、えーと…」
モジモジしながら漉火は壁を指差した。
そこにあるのは勿論、先程貼った謎のシール。
「今日、怪しい雑貨屋さんで貰って、綺麗だから壁に貼り付けて…」
その札に描かれたものと、漉火が貼り付けた時間と自分が魔力を失った時間。
全てが合致するのでもう疑問は無かった。
「まったく…。とんでもない事をしてくれたな…」
「ゴメンなさい!まさかこんな事になるなんて思ってなかったから…。すぐ剥がします」
そう言って漉火は札に手を伸ばした。
「待て!そういう類のものは一度貼り付けたら…!」
慌てて服をつかんで引き寄せたが、漉火の指が札に触れていた。
パンッ!!
大きな音がして部屋の中に強い風が巻き起こる。
「危ない二人共!」
誰かの叫びと同時に夜栄が二人を部屋から連れ出した。
それを確認した乃木が部屋の入り口を巻物で覆う。
バシッバシッバシッ!
そこに色々なモノがぶつかる音が聞こえたが、すぐに静かになった。
二人に怪我などは無いようである。
「部屋の中が凄い事になったが、まあとりあえず破壊とまではいかない」
中を確認した禾の声がする。
「貼り付けられた壁、および札自体は無傷だ」
「…やはりな。封印解除の為の特殊な手段が必要というわけだ」
無理に剥がそうとすると何が起こるかわからない仕掛けをされているらしい。
「厄介だな…。剥がす方法を見つけるしかあるまい」
巻物をしまう乃木の横をすり抜け、迢が部屋の中に入る。
禾の言った通り、凄い事にはなっているが破壊はされていない。
札は最初に見た時のままだ。
「見た事の無い類の紋章だな…。それとも文字か?翌、これを読む事はできるか?」
呼ばれて近くには来たものの、翌は首を横に振った。
「ごめんなさい。僕の能力も魔力が関係してたようで…今は砂さんの言葉もわからないんです」
「そうか、ならば仕方ないな」
もう一度札をよく見た後、迢は皆の方に向き直る。
「とりあえず今夜中の解決は無理そうだ。魔力が高い者は多少違和感があるかもしれないが、ゆっくり休んでくれ」
そう言って部屋から出て来る迢に琥香が声を掛けた。
「わかっていると思うけど、貴方もよ」
「…何がだ」
「ゆっくり休みなさいって事。貴方の事だから、一人で今夜中に何とかしようと思ってるわね?」
「……」
「旨篤ほどじゃないっていっても、貴方だって魔力が無くなって相当不安定なんでしょ?」
「調べ物をする程度ならば特に問題は無い」
「調べ物をする程度なら私達で充分でしょ」
「だが…」
「解決自体は貴方に任せるかもしれないけど、手がかりは私達が探すわ。貴方は休みなさい」
ピシャリと言われて、迢はグッと詰まった。
相変わらず琥香には勝てないらしい。
「……図書室の奥の部屋に、こういった封印に関しての本があるはずだ」
「わかったわ。その辺りでこういう紋章が載ってる本を探してみる」
「…すまない」
「任せておきなさい。さあ、部屋に帰る帰る!」
背中を押して迢が部屋の方へ戻っていくのを確認した後、琥香はすぐにこう言った。
「さ、皆も戻りなさい」
紀阿がきょとんとした顔をする。
「え?でもこれから図書室で調べ物をするんじゃないんですか?私も手伝いますよ」
しかし琥香は笑いながら言った。
「何言ってるの。今夜は皆寝るのよ。一晩寝て、頭を冷やしてからの方が良いわ」
「…まんまと迢を丸め込んだわけだ…」
天井の方から禾の呟きが聞こえる。
「人聞きの悪い事言わないで。ああでもしないと迢は本調子じゃないまま徹夜続きよ?」
「まあ、そうなんだが」
「さあ、皆部屋に帰りましょ。漉火、今晩は適当に誰かの部屋で寝かせてもらいなさい」
「はーい」
解散。


「ふーん…で、こうなってるわけだ」
次の日、漉火の部屋で21歳組がその惨状を確認していた際の鴇慈の一言である。
「それから、お前がそんななわけだ」
歩いたりはできるものの、まだ微妙にふらつく旨篤に目を向ける。
「何とも不便だ。しかし…何ら問題ないという事は、お前達は本当に魔力が無いのだな」
鴇慈と夜栄を上から下まで見て、旨篤が憮然とした顔をした。
自分だけフラフラしているのが気に喰わないらしい。
「まあ、人間とかも『全く無い』っていうわけじゃないらしいけどな…」
言いながら鴇慈はズンズンと札に近付く。
「逆に、こんなので封印されても影響が無いほど多いってセンもありかもよ?」
「そんな馬鹿な」
「冗談だよ」
悪戯っぽく笑いながら、何のためらいも無く札に手を伸ばした。
「トキ!?」
「鴇慈!」
後ろにいた二人は慌てたが、鴇慈の手が札に触れても何も起こらなかった。
ぺりぺり…。
しかも、簡単に剥がれてしまったようである。
「これで良し…と。どうだ?」
「あ、ああ。少しずつ魔力が戻ってきているようだが…。トキ、お前一体何を?」
手を握ったり開いたりして魔力の確認をしながら旨篤が尋ねた。
昨日は、あんなにも嵐のような風が巻き起こったというのに。
「何にも。仕掛けの発動が、実は一回きりだったんじゃねぇの?」
「………確かにそういう事はあるかもしれないな…」
夜栄がなるほど、と頷いた。
「…それにしてもこんなにも簡単に…」
納得がいかないという顔を浮かべる旨篤だったが、鴇慈はあまり気にしていない。
「一件落着だな。漉火の部屋、後で直してやらないと」

「鴇慈が普通に札を剥がした?」
突然戻ってきた魔力に驚き、確認に来た迢が旨篤から事情を聞いた。
鴇慈と夜栄は既に外での仕事を開始している為ココにはいない。
「ああ、本当にいとも簡単にな」
剥がされた札を迢に渡しながら、相変わらず旨篤の顔は不機嫌だ。
「…」
迢も眉をひそめている。
「トキはああ言ったが、俺様は一度しか発動しない封印解除回避の罠など聞いた事が無い。何より」
チラリと漉火の部屋を見て、旨篤は続けた。
「あんな事になったというのを聞いた後、確信無く不用意に札に触れるものだろうか?」
仲間が傷つく事をを何より嫌う彼が、後ろに自分達二人がいる状態でそんな無謀な事をするとは思えない。
「つまり…触れても何も起こらない事を知っていた、と?」
「恐らくはな。理由はわからないが、『自分なら大丈夫』という絶対的な自信があったに違いない」
難しい顔のまま、二人はしばらく漉火の部屋を見つめた。

back