言わない、サヨナラ


――何でこんな事になったんだっけ…。
宙爲は心の中でそう呟いた。
目の前には年上の少年が四人、後ろには大きな樹。
逃げ場は、無い。
もしあったとしても、だいぶ逃げようという気力も無くなっているのだが。
「最初から素直に俺達の言う事聞いてれば良かったのにさぁ」
一人の少年がそう言うのが聞こえる。
――…冗談じゃない。

家に帰る道を普通に歩いていたら声を掛けられた。
「お前、うちの学校で一個下にいる奴だよな?」
「いつも包帯してんの、何で?」
向こうからすると目立った存在だったかもしれないが、宙爲にとっては全く知らない少年達。
本当に同じ学校かもわからない彼らに、どう答えようか迷っていた時。
「怪我でもしてんの?」
と、包帯に手を掛けられた。
だから、その手を思わず払った。
ただ手を払ったつもりだったが、少年が思ったよりも近付いていた為、宙爲の手が少年の顔に当たってしまった。
「痛っ……何だよ!」
「いきなり殴る事ないだろ!!」

四対一。
一対一ならまだしも、これを退けられるほど喧嘩が得意なわけではない。
あっさりと敗北し、こうして動けなくなって囲まれているのである。
「敗者は勝者に従う!って事で」
そして先ほどと同じ少年が再び宙爲の包帯に手を伸ばす。
「嫌だ!やめろよ!」
そう叫んだ時、四人とはまた別の少年の声が聞こえた。
「…何やってんだ、お前等」
少年達と宙爲、五人が声のした方に顔を向ける。
宙爲は少年達の陰にいたので、声の主の足元しか見えなかった。
どうやら自転車に乗っていて、ちょうど今ココを通り掛かる所だったようだ。
「何だよ、お前に関係ないだろ」
少年達の中の一人が言う。
すると、彼は自転車を降りて来た。
「関係はないけど、そいつ嫌がってるじゃん。俺の所まで聞こえる声で『嫌だ』って言ってた」
「だから?」
「どっちが悪いのか知らねぇけど、四人で一人相手はどうなんだっていうわけ」
「良いだろ、別に」
「そんな事言いたいだけなら行けよ」
「何だ?正義気取りかよ」
「俺らがやりたいからやってんだよ」
自転車の彼は、少年達より少し背が高いようだ。
隙間から赤い髪が見える。
少年達の言葉をザーッと聞いた後、自転車の彼がコクリと頷いた。
「まあ、正義ぶってると言われりゃそれまでだが、見たら放ってはおけないタイプだな」
と、次の瞬間、宙爲の前にいた四人のうち、一番左にいた少年がさらに左に飛んだ。
自らの意思ではなく、自転車の彼に飛ばされたのだ。
その速さに少年達の目が点になる。
「で、俺がやりたいからやる」
そう言ってから、あっという間だった。
自分の時と同じ人数差だったとは思えぬスピードで四人が沈んだ。
如何にも喧嘩慣れしている彼の動きに、少年達は全くついていけてなかった。
「…な、何だよコイツ…!」
自分達が負けた事など納得できないというように、必死で立ち上がった四人組だったが一人がふと呟いた。
「……こんなに喧嘩が強くて赤い髪って…。もしかしてコイツ、更戸祢鴇慈じゃねぇの?」
自転車の彼が、驚いた顔をする。
「俺の事知ってるのか?」
すると少年達は、顔を青くして逃げ出した。
「アイツ、何でこんな所にいるんだよ!」
「知るかよ!俺らが敵うわけねぇじゃん!」
走り去る少年達を不思議そうに見た後、自転車の彼――鴇慈は首を捻った。
「…俺、アイツ等の事なんて知らねぇんだけどな…」
んー…と暫し悩んだ後、思い出したように宙爲の方に向き直る。
「おい、大丈夫だったか」
呆然としていた宙爲だったが、その言葉に我に返った。
「あ…ああ、うん」
宙爲の前のしゃがみ込んで、服についた砂などを払う鴇慈。
「あーあー、真っ黒じゃねぇか。包帯もボロボロになっちまってるぜ?」
多分彼は何気なく言ったんだと思うが、宙爲はその言葉を聞いて慌てて左目を押さえた。
外れてはいない。
けれど…。
そんな様子を見て、鴇慈は立ち上がって宙爲の手を取って歩き出す。
「ちょっ…何処へ行くんだ?」
「俺の家」
「何でまた!」
鴇慈は、驚きの声を上げた宙爲を振り返る。
「お前、その格好で家帰るつもりかよ。家族が心配するぞ」
「でも…」
「良いから」
さっさと自転車の所に連れて行かれ、後ろに乗るように言われる。
宙爲が乗った事を確認すると、鴇慈はすぐに発進した。
「俺、更戸祢鴇慈。お前は?」
「…深向…宙爲」
「この辺に住んでんの?」
「一応」
「俺、たまたまこっちの方来てただけなんだ」
滅多に一人じゃ来ないんだけど、と笑う。
「この前学堂(※)入ったばかりなんだけど…お前は年下…だよな?」
「ああ、まだ舎5(※2)」
「さっきの奴らは、何だったんだ?」
「…うちの学校の6年らしいけど…俺は知らない」
「…人数多いだけじゃなくて年上で、しかもいきなり絡んできたってわけか。しょうがねぇなぁ…」
あ、と鴇慈が声を上げる。
「俺も年上でいきなり絡んだんだった。まあ、四対一で一個上なら妥当かな」
あははは…と笑いながらスピードを上げた。
「しっかりつかまってろよ、早く帰らねぇと」
「え?何で?」
「俺の家からお前の家結構遠いみたいだから、往復するのに日が暮れちまう」
坂もカーブもブレーキ無し躊躇無しで走っていくので、宙爲の顔が思わずひきつる。
「ちょ…危ないんじゃないか!?」
「平気平気!いつもは後ろに誰もいないからもっと速いぜ!」
ザーッと耳元を通り過ぎる風がうるさい、痛い。
景色が変わる速さが、まるで車に乗っているようだ。
「なあ、やっぱり」
危ないだろコレ、と言おうとした所で急に速度が緩やかになる。
「もうすぐ着くよ。あんまりスピード出してるの見つかると隣のおばさんに怒られるからな」
そう言ってまた笑いながら、赤い屋根の家の前で止まった。
「ココ」


※ 中学の事
※2 小等学舎5年の略。つまり小学5年。

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