驚くほど広いわけでもなく、驚くほど狭いわけでもなく、本当に普通の家。
強いていえば、玄関前に全く飾り気が無いのが特徴なくらいだろうか。
『更戸祢』と書かれた表札の隣にある門をくぐると、これまた普通の庭と玄関があった。
「あ、鍵開いてる。鳶慈帰ってるな、よし」
扉を確認した鴇慈が呟く。
「鳶慈?」
「弟。まだ小さいけど、俺よりずっとしっかりしてるんだ」
鴇慈はそう言って扉を開け、靴を脱ぎながら大きな声を出す。
「鳶慈、風呂沸いてるか?」
すると、トタトタという小さな足音と共に、髪の色以外鴇慈にそっくりな幼い少年が現れた。
「おかえりお兄ちゃん。お風呂ならもう沸いてるよ。…あれ?」
幼い少年――鳶慈が宙爲に気付く。
「お客様?」
鳶慈がそう尋ねると、鴇慈は何の躊躇いもなくこう言った。
「友達。コイツがすぐに風呂に入るから、その間に服を洗ってやって」
「はあい」
宙爲はビックリして後ずさる。
「ちょっ……!」
しかし、自転車の時と同様、問答無用で鴇慈に風呂場に放り込まれた。
「そこの洗濯機に服を入れておけば、後は鳶慈がやるから」
「でも…」
「乾燥まででもそんなに時間かからないって」
そういう問題じゃなくて、と宙爲は言いたかったが、こちらの意見は聞いてもらえないオーラを感じ取る。
ここは、素直にお世話になるしかなさそうだ。
「じゃ、じゃあ…遠慮なく……」
――『遠慮なく』ってのも変な気がするけどな…。
他人の家の風呂は何となく緊張して、お湯や泡が傷にしみるのもあまり気にならなかった。
湯船に浸かっている間、隣で鳶慈が洗濯しているのがわかる。
――何か、とんでもない事になってきたな…。
更戸祢鴇慈という名前は宙爲も聞いた事がある。
昔、何処かの学舎の生徒同士の争いが起こった際に、一人で相手校の生徒の殆どを叩きのめしたという少年だ。
赤い髪で、大人でもなかなか敵わないほど喧嘩が強く、そこら中で喧嘩を売りまくってるとか何とか。
少し離れたブロックに住んでいる自分の元にもそんな届くような噂の少年である。
どれだけ恐ろしい見た目や性格をしているのかと思えば。
――強引だけど、悪いヤツじゃなさそうかも。
確かに喧嘩は強いが、無駄に喧嘩を売っている雰囲気でもない。
ただ、余計な事に首を突っ込みそうではある。
――もしかしたら、今日みたいな事が結構あって、それで勘違いされてるのかもなぁ。
そんな風に思う宙爲だった。
風呂から上がると、まだ洗濯機は動いていたけれど、ちゃんと着替えが準備されていた。
しっかりと新しい包帯まで準備してあったが、ちょっと困った事が。
実は、一人では上手く巻けないのである。
一応自分で巻いてはいるものの、どうも綺麗にできずに最終的に親に仕上げてもらっていたのだ。
多少汚い巻き方というだけなら良いが、途中で外れてしまうのは困る。
コンコン。
どうしようかと思っている所へノックされ、思わずビクリとしてしまう。
「もう出たか?鳶慈がおやつ準備してるから、良かったら来いよ」
「う、うん。いや、でもちょっと…」
「ん?もしかして服、着られなかったか?俺の方が大きいから入らないって事は無いと思ったんだけど」
ガラリ。
「!!」
固まる宙爲。
頭の中は真っ白である。
――見られた……!
絶対に他人に見せてはいけない、見られたくないこの左目を。
あまりの驚きに、左目を隠す事も忘れて呆然としていた宙爲だが、鴇慈は全く平然としていた。
「どうした?」
宙爲の手から落ちた包帯に気付いて拾い上げる。
「ああ、包帯巻けないのか。顔って難しそうだもんな」
そう言って、まずドライヤーに手を伸ばし、スイッチを入れて宙爲の頭をガシガシと乾かし始めた。
ゴー…というドライヤーの音に混じって、鴇慈の声が聞こえる。
「完全に乾いてないと巻くのまずいだろ」
その声は、初めて言葉を交わした時とまるっきり同じで、驚きも、恐れも戸惑いもなかった。
――見られ…たんだよ…な…?
というか、今だって全然隠していないのだから、見ていないという方がおかしい。
直接見るのが怖くて鏡越しで見てみるが、声だけでなく、態度も何ら変わり無い。
「あの……」
「もう乾くから、ちょっと待てって」
カチリという音と共にドライヤーが沈黙すると、鴇慈は宙爲の目の前に立った。
「ココを通して、こういう風に巻けば良いのか?」
ひょい。
グルグルグルグル……。
声を出す間もなく、あっという間に巻き終わる。
「あ、この辺りちょっと変かも。悪いな」
いつもほど綺麗ではないが、自分で巻いた時よりずっとしっかりしてそうだ。
「悪いなんて、そんな事…。それより、あの」
「何だ?」
「その……驚か、ないのか?」
「何を?」
「えーと…あの…俺の…左目…」
意を決したように必死な宙爲とは正反対に、鴇慈はきょとんとしている。
「別に、驚かないけど」
その様子は、全く取り繕った所がなく、本当に自然で。
――まずい、泣くかも。
宙爲が黙り込んでしまったので、鴇慈はそっと手を伸ばした。
「プリン、好きか?」
本音を言えば、宙爲はそんなに甘い物が好きではないのだけれど。
「…うん」
思わず思いっきり頷いて鴇慈の手を取った。


previous ++ back ++ next