黒十字星結合の最期
それはある晴れた日。
いつものように過ぎる予定だった日。
ところが、2人の訪問者によって、『普通』の日では無くなってしまった。
紀阿が午後の仕事を始める為に、受付の椅子に座った時、それは来た。
ずかずかと団の入り口から入ってくる大きな男。
身長は180cm前後で、何かスポーツをやっていそうな体格。
黒い長い髪で、前髪付近から三房ほど髪が立っている。
少し目付きが悪いけれど、瞳は綺麗な青。
『受付』と書いてある机の前まで来ると、仁王立ちをして大声を張り上げた。
「リーダーは何処だ!?」
紀阿は、わけがわからずにポカーンとしてしまう。
一体この人は何を言っているんだろう?と。
「聞こえないのか?リーダーを何処へ隠したと訊いている!」
声を荒げながら、机をバンッと叩かれて、紀阿は思わずビクッとした。
「あの…何を仰ってるのか、いまいち理解できないんですけど…」
紀阿がオロオロしながらそう言うと、もう1人男が入ってきた。
先ほどの男とは違って、少し小柄で華奢。
明るい紫の癖毛をいじりながら、苦笑いをしている。
「十両!何でかい声張り上げてんだ!その娘が怖がってんだろ!?」
その言葉と同時にスリッパ(何処から出したんだ)で黒髪の男の頭を叩いた。
辺りに、スパンッ!!という良い音が響く。
「君、ゴメンね。コイツ無神経でさ」
小柄な方の男が、ニッコリと笑う。
「は、はあ…」
叩かれた所を押さえながら、黒髪の男が叫ぶ。
「いてーな、榊!後で覚えてろよ!?」
けれど、小柄な男はその声に怯えるでもなくピシャリと言った。
「こんな女の子にあんな態度で話し掛ける方が悪い。俺が正しい」
そしてずいっと黒髪の男の懐に入り込んで、ボソッと言う。
「それとも何だ?『アレ』を打ち込まれたいか?」
小柄な男がそう言った途端、黒髪の男は黙り込んでしまった。
それを見ながら紀阿は密かに、新手の漫才押し売りかしら…と思う。
そんな紀阿の思いを知ってか知らずか、小柄な男がまた笑って言った。
「俺は蝋田榊(ろうだ さかき)。で、こっちが八月十両(やつき とおりょう)。
俺たちは深向宙爲って人に用があるんだけど、君、知らないかなぁ?」
「え?宙爲さんですか?宙爲さんなら…」
思いもかけず知っている名前が出てきたので、素直に答えようとしたところで、鴇慈が顔を出した。
鴇慈は2人を見て、
「あれ?お前ら…」
と言った。
どうやら知っているらしい。
返すように、十両が鴇慈を見て騒ぎ出す。
「ああああ!更戸祢鴇慈!!」
それに対し、鬱陶しそうに対応する鴇慈。
「いちいちフルネームで呼ぶな、十両」
「貴様も気安く名前で呼ぶな!!」
そんな2人のやり取りを、榊は呆れたように離れて見ている。
そしてそこからまた少し離れた所で、知り合いらしい3人を見ながら、紀阿はどうしたものかと悩んでいた。
「リーダーを何処へ連れて行った、更戸祢!」
「何だ、宙爲に用があるならそう言え。紀阿、宙爲を呼んでやれ」
突然名前を呼ばれて少々戸惑いを覚えつつ、紀阿は応える。
「ココにお呼びして良いんですか?」
「構わない。どうせ中庭でユキと騒いでる頃だろう」
鴇慈は窓の外を見る。
どうせ、雪が降ってるわけでもないし、という事らしい。
「わかりました」
言われた通り紀阿は、宙爲と連絡を取り始めた。
彼は本当に中庭にいたらしく、外付けの連絡機にすぐに返事が来た。
「あの、宙爲さんにお客様です」
『客?俺に?』
「ええ。蝋…」
田榊さんと八月十両さんという方が…と言おうとした所で、ひょいっと機材を鴇慈に取られた。
「お前のよく知ってる奴らだよ。ユキもな。なるべく急いで来い」
鴇慈はそう言うと、さっさと回線を切ってしまった。
どうやら、顔を合わすまでは秘密にしておいて、驚かせるつもりのようだ。
「北斗七星団は、いつから受付嬢を導入したんだい?」
榊がいきなり紀阿に尋ねる。
「私より前の人がいらっしゃらなければ、今年からですね」
「そうか…。やっぱり良いね、女の子。綺麗な顔してても男が出てくるんじゃ面白くないし」
「? 前は男の人だったんですか?」
「そうだよ、前はメイサークラウンが受付も担当してたんだ。彼、一番忙しかったんじゃない?」
「メイサー…ああ、迢さん」
今も重複して仕事をしているけれど、前は受付まで担当していたとは。
ちょっと、紀阿は可笑しくなった。
その時、鴇慈と十両が(というか、十両が一方的に)騒いでる所へ、連絡を受けた宙爲、そしてついでに遊々も姿を現した。
突然訊ねてきた2人を見て、宙爲は明らかに驚いている。
遊々は少しムッとしているようだ。
「十両!榊!どうしたんだ、お前ら?」
「リーダー!!」
その姿を見て、十両が鴇慈を押しのけて駆け寄る。
「ご無事だったんですね…」
「無事って…どういうことだ?」
不思議そうな顔をして、宙爲が尋ねる。
それには、感激のあまり(?)声も出ない十両に代わって、榊が答えた。
「俺たち、リーダーを迎えに来たんですよ。帰りましょう、アジトへ」
宙爲に出会えた事で喜んでいる2人に水を差すように、遊々が不機嫌そうに言う。
「お前等、あれほど宙爲さんの事をリーダーって呼ぶなって…」
それにたいして、十両が笑う。
「相変わらずだな、ユキ」
盛り上がる4人をよそに、鴇慈が少し眉を寄せながら紀阿に言った。
「大丈夫だったか?十両は相手が誰でも手加減無しだからな。いきなり殴られたりは流石に無かっただろうが…」
「は、はい、大丈夫です」
それを聞いて、鴇慈は優しく笑う。
「それなら良かった」
つられて笑いながら紀阿は、先ほどから訊きたくてたまらなかった事を口にした。
「ところで鴇慈さん、あの方たちは…?」
「あー……」
そう訊かれて鴇慈は頭を掻きながら苦笑した。
「アイツらは黒十字星結合のメンバーだ。つまり、宙爲の部下って事だな」
「部下?」
「いつまでだったかな。宙爲たちは元々ココの団員じゃなくて、他の戦闘団のリーダーだったんだ」
その言葉に、紀阿は大袈裟なくらいビックリする。
「そうなんですか!?あんなに馴染んでるから私てっきり…」
鴇慈は頷きながら言った。
「まあ、俺と宙爲はお互い、だいぶ前から知ってたしな」
2人がそんな話をしていると、先ほどまで上機嫌だった十両がいきなり怒鳴り込んできた。
「おい、更戸祢!コレは一体どういうことだ!?」
「あ?」
怪訝そうに返す鴇慈の襟元を掴んでなおも続ける。
「リーダーが戻ってこないって…、お前は一体何をしたんだ!」
「あのなぁ…」
十両の手をどけながら鴇慈は宙爲に言う。
「宙爲、一体どういう説明したんだ?」
すると宙爲は首を横に振りながら答えた。
「どうもこうも…そのまま普通にな」
「そんな、リーダー…」
宙爲の言葉を聞いて、榊が淋しげに呟く。
「洗脳だ…」
「え?」
その場にいた全員の目が、一斉に榊を見た。
が、そんなことなど気にせず、榊は何度も呟いた。
「洗脳だ…洗脳だ、洗脳だ」
その声は、だんだん大きくなる。
そしてキッと宙爲を見て言った。
「リーダー!帰ってきてくれますよね!?」
妙な榊の迫力に圧されながら、宙爲は言った。
「いや、だからな?」
「洗脳だーー!!」
榊が叫んだのと同時に、十両も大声を張り上げた。
「洗脳か、更戸祢ぇ!!」
そしてはらはらと涙を流しながら宙爲にすがりついた。
「可哀想なリーダー…、ココの団員たちに洗脳されてしまったのですね」
「十両、話を聞けよ…」
「良いんです!今から俺たちがリーダーを救い出しますから!おい、榊!」
「了解!」
言いながら榊が懐から取り出したのは薬瓶。
それを手にして十両が高らかに笑う。
「よーく聞け?コレを俺が床に叩きつければあら不思議。見る間に猛毒――」
「よく聞くのはお前だ」
ダンッと大きな音を立てて、鴇慈の靴が十両の後ろ頭にぶつかった。
とどのつまり、ハイキック。
ぶつかったっていうかぶつけたっていうか、『入った』。
そんな感じ。
その拍子に十両の手から落ちた瓶を、床に落ちないように慌てて宙爲がキャッチする。
十両の体は、ゆっくりと床に沈んでいく。
何が起こったかわからず呆然としてる榊に、鴇慈は少し怒りながら言った。
「宙爲を『救い出す』だと?コイツは自分からここに入ったんだ」
宙爲が横で頷く。
「洗脳とかそういう馬鹿馬鹿しい事をするような所じゃないぞ、榊。俺は俺の意思で来たんだ」
「それを、なんだか知らないががたがた騒いだ挙句、怪しい薬持ち出しやがって…」
倒れた十両を起こしながら、鴇慈は低い声で言う。
「もしも団で変な事してみろ…?お前等ただじゃ済まねぇからな…」
榊が、びくりと体を震わす。
慌てて宙爲は鴇慈をなだめた。
「おいおい、鴇慈。その辺でやめとけよ」
すると鴇慈は明るい顔になってあっさりと言う。
「大丈夫だって。念には念をってヤツだよ」
榊と目を覚ました十両が帰り際に言った。
「リーダー…本当にもう…結合は…」
宙爲は、静かに首を振った。
「離れろなんて言わねぇ…。お前たちなら、やっていけるよ」
「でも、俺たちは!」
「目指す所は同じ一番。俺たちはいつだって一つだよ」
「リーダー!!」
よくわからない3人の会話に紀阿と鴇慈は顔を見合わせる。
一体コイツらは何なんだ?と言った感じに。
遊々はただただ榊達の『リーダー』という言葉が気に入らないらしく、ずっとムッとしていた。
別れに耐え切れないと言った感じの十両が、たまらずこう言った。
「リーダー、俺たちは…」
グッと宙爲の肩を掴む。
「俺たちは、これから北斗七星団員になります!!」
「…………は?」
思わず宙爲の目が点になった。
「十両?お前…何言って…」
十両は首をぶんぶん振りながら言う。
「さっきリーダーは仰いましたよね?『目指す所は同じ一番』それならば、俺たちが団に入っても同じ事!」
その言葉に榊も続く。
「どうせ一番を目指すなら、リーダーと同じ場所で目指したいです!」
「2人とも…」
じーん…という言葉が聞こえてきそうな顔をしながら、宙爲は十両と榊を見た。
「さっきから、一体何を騒いでいるんだ?」
そこへ、迢が姿を現すと、結合メンバーの2人が突撃する。
「メイサークラウン、ちょうど良い所へ!」
「俺たちはこれからココの団員だと、団長に伝えてくれ!」
「はあ?」
迢は、事態を飲み込めずに顔をしかめる。
鴇慈の方を見ると、笑いをこらえているようだ。
「待て、話がわからん。しっかりと説明して頂こうか?」
努めて冷静に迢は言う。
あんな風に鴇慈が笑っているという事は、危ない事ではないのだろうと判断して。
けれど、榊はだいぶ興奮しており、説明なんてできる状態ではなかった。
「団長補佐のアンタなら、団長に頼み込めるだろう?勿論俺たちも直接行くからさ!!」
「いや、だから…。俺はもう補佐ではないしな」
その言葉を聞いて、榊の顔色が変わる。
「どうしてすぐに肯定してくれない?…そうか、お前は俺に何か恨みがあるんだな?」
「恨み?」
迢は、眉をひそめる。
「そうだ、恨みだ。恨みに違いない。俺は恨まれてるんだな?」
呟きは、だんだんと叫びに変わる。
「俺はお前に何をしたという覚えもないけれど、それならしょうがない。恨めよ。もっと恨めよ!
だが覚えておけ?お前が俺を恨むというなら、俺もお前を恨んでやる!そしてコレでいっそのこと…」
「落ち着け、榊!」
またも懐から何か怪しげな薬を取り出す榊を、宙爲が後ろから羽交い絞めにした。
迢はイライラしながら鴇慈に言う。
「こいつらじゃ話にならん!鴇慈、どういうことなんだ?」
迢が既にキレかけているのを察して、鴇慈が流すように言った。
「宙爲がココにいるから、こいつらもココに入りたいんだと」
「宙爲がいるから?そんな理由でこいつらが団に?」
チラリと榊と十両に一瞥くれて、迢は深く溜息をついた。
榊は宙爲にようやくなだめられたようだ。
「冗談じゃない。こんな危ない奴らが朝から晩まで一緒なんて考えたくも無いぞ?」
「俺は別に構わないけど」
「鴇慈!」
迢は声を荒げるが、鴇慈はまた面白そうに笑った。
「団規則第14条、『何かある時は団長の指示を仰げ』…だろう?」
「良いよー、別に」
「だ、団長!!」
深い事情説明もせず、『榊と十両が団に入りたいらしいのですが』といった時の、団長(代理生物)と迢の一声。
どう控えめに見ても、『考えた』末の結論とは思えない。
「今まで何度彼らに襲撃を受け、我々がどんな迷惑をこうむった事か!」
団長室内に、よく通る声が響く。
迢はそういうが、団長(代理生物)は事態を特に重く考えていないようだ。
「別に大して被害があったわけじゃないじゃないか。今や宙爲たちは立派なメンバーだしね」
「しかし…」
「鴇慈はどう思う?」
そういわれると、鴇慈は肩をすくめた。
「別に。俺は入る意思がある奴は拒むつもりはない。それだけだ」
「鳶慈は?」
「え?ぼ、僕ですか?」
腕の中の団長(代理生物)に突然話を振られて驚くも、鳶慈は自分なりの意見を言った。
「僕、十両さんたちのことよく知りませんけど、宙爲さんのお仲間なら、悪い人たちじゃないと思いますよ」
「少年!素晴らしいね!!」
鳶慈の言葉に榊が感動している。
迢は、溜息をついた。
止める事ができないのは、よくわかっていた。
自分がしていたのは、最後の悪あがきのようなモノ。
多分、『一応』反論してみたかったというのもあるのだろうと、自分でわかっていた。
「…わかりました。鳶慈、そこの引き出しの右の方にある書類を取ってくれ」
「あ、はい」
鳶慈が書類を榊達に渡すと、迢は簡単な説明をする。
「後で慧史に清書させるから、読める程度の字でな」
そして、企画室へ帰っていった。
「アイツ、怒ってるのか?」
そんな迢を見て十両が少し心配そうに言ったので、鴇慈がいいや、と応えた。
「大丈夫だよ。アイツはあんまり物事を真正面から受け止められないんだ」
頭が良すぎるゆえに、最悪の事態からしか考えられないという事だろうか。
「それ、書き終わったら後で挨拶回りに来いよ。宙爲、案内してやれ」
「おう」
鴇慈も団長室から出て行った。
こうして、八月十両、蝋田榊両名は、晴れて北斗七星団団員となった。
愛すべきリーダー、宙爲の元、除雪決行部隊のメンバーとなったのだ。
ただでさえ仕事が無い部隊なのに、人数が増えてどうするんだとも思うけれど、それもありかもしれない。
果たして彼らは、おとなしく団員としての使命を全うするのか?
それはまた、いつか語られる……かもしれない。
-了-
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