「…水瀬…」
ありのままに生きろ。
それが彼の最期の言葉。
けれど、それはどうやって?
「なあ、水瀬…?」
絶えず溢れる涙が、水瀬の頬にかかった。


「水瀬…」
「可叢、ソファーで寝たりしたら風邪引くぞ」
「…?」
思いも寄らぬ返事があり、可叢は驚いて目を開けた。
見慣れた天井。
横にはガラスのテーブル。
頭の中が繋がらず、起き上がってみると前にはテレビ。
そして自分は確かにソファーの上にいた。
「可叢は案外何処でも寝ちゃうんだな。…あれ?」
くすくすと笑っていた先ほどの返事の主が、可叢の顔を見て眉をひそめる。
「可叢、何泣いてるんだ?」
そこに立っていたのは水瀬だった。
銀の髪、青い瞳。
でも、耳は別に尖っていない。
「…水瀬?」
「怖い夢でも見た?」
「いや…怖いっていうか…」
何が起こったのかよくよく考えて、ああ、全ては夢だったのか、と可叢は思った。
それにしても、なんてリアルな。
本当に自分が体験した事のようだった。
今でも水瀬の体から矢を抜いた時の感覚が残っている。
それを思い出して、可叢はブルっと体を震わせた。
「変な…夢」
水瀬はちょっと首を傾げたけれど、すぐに微笑んだ。
「まあ、そんなに泣くくらいだから嫌な夢だったんだろうな。顔、洗って来いよ」
そう言って、タオルを投げてよこした。
「…うん」
――『そんなに』って……そんなに?
思わず目と頬に手を当てる。
冷たい。
もしかしたら、目が腫れてしまってるかもしれない。
可叢は頭を掻きながら素直に立ち上がった。

洗面台の前に立って、自分の顔を鏡に映す。
黒い髪、赤い瞳。
確かにアレは自分だった。
そして水瀬も水瀬だった。
――樋高兄さんまでいたしな…。
まあ、実の兄ではなく従兄弟なのだが。
冷たい水で顔を洗うと、やっと意識がハッキリする。
――うん、アレは夢だ。
自分に言い聞かせるようにして、リビングに戻ると、水瀬がティーカップを準備していた。
「目、覚めたか?」
「何とかね」
またキッチンに行く水瀬の背中を見ながら、可叢は考える。
――もしかして…アレが前世ってヤツなのかなぁ、なーんて。
遠い昔の自分たち。
その時にも2人は友人で。
けれど…。
バフッと大きな音を立てて、可叢はソファーに座る。
背中の方で、水瀬が紅茶の準備をする音が聞こえる。
「なあ、水瀬」
「ん?」
「遠い昨日と近い未来。行けるとしたらどっち?」
ソファーの背にもたれかかるポーズで、可叢は水瀬に尋ねる。
「水瀬なら、どっちに行きたい?」
「んー?」
水瀬は、深く考えるでもなく満面の笑みで答える。
「両方!」
それを聞いて、可叢が呆れた顔で言う。
「…言うと思った」
水瀬はティーポットを持って来ながら笑う。
そしてさっき準備したカップに紅茶を注ぎながら言った。
「だって俺、我が侭だもん。手が届かないモノ程欲しくなる」
紅茶を可叢に渡しながら、さも当たり前と言った顔で続ける。
「――普通だろ」
何をしても無駄じゃなくて、努力で事足りるならいくらでもする。
「手が届くなら取れば良いんだから。苦労ないよ」
「…水瀬らしいね」
静かに紅茶を飲みながら、可叢が応える。
「そうか?」
水瀬は首を捻りながら自分も紅茶に口をつけ、今度は可叢に尋ねる。
「じゃあ、可叢ならどうしたい?」
すると可叢は意味ありげな笑みを浮かべて言った。
「…訊くまでもないだろう」

『行けるとしたらどっち?』
それは行こうと思えばどちらでも行けるという事。
それならば。
例えどちらかにしか行けないと言われても、どちらにも行ってみたいではないか。

「んー、でも本当は」
水瀬がふいに口を開く。
「俺、遠い昨日に行きたいのかも」
「どうして?」
「俺、ずーっとずーっと前に、お前に逢った気がするんだ」
それを聞いて、可叢は驚いた顔をした。
「水瀬も?」
2人は顔を見合わせる。
「『も』ってことは…可叢もなんだ?」
可叢は静かに頷いた。

生きているのは『今』なのに、どうして自分たちには『昔』と『未来』しか残らないんだろう。
遠い遠い昔、もしも出逢っていたとして、それは『今』の自分たちに、どんな影響があるというのだろう。
明日離れるかもしれないけれど、『今』一緒にいられれば、それで良い。
きっと、それが一番良い。

「良いけど」
「何が?」
「昔逢ってても、そしてその別れ方がどうだったとしても、『今』の俺たちに関係ないし」
「うん」
「下手に過去やら未来を見ちゃったら、『今』のままでいられるとも限らないしな」
「…そうだね」


明日になったら星を取りに行こう。
人は常に何かを求め、できない事に夢中になるものだよ。
初めての事に心躍らせ、できた時には満足感と空虚が残るんだ。
そこでまた、新しい事を見つけられなかったら。
――それでおしまい。

それはそれは昔。
そう、遠い昨日に聞いた言葉。
もう、どちらが言ったのか分からないけれど。
「水瀬、明日になったら、星を取りに行こう」
可叢の言葉に、水瀬は一瞬驚いたようだが。
「…面白いな。よし、行こう」
そう言って、自分の部屋に行き、何やらゴソゴソ準備を始める。
「水瀬?」
「星を取るなんてなぁ…、それはそれは大変な事なんだぞ?だから準備は大切」
ニッコリ笑って、ポンポンっとベッドを叩いた。
「『明日』になった瞬間、星を取りに行ってやろうぜ」
現実には無理でも、夢の中でなら。
思わず、可叢も笑った。

星が取れたら、どうしようか。
その後の事はそこで考えればいいさ。
問題は合流地点だな。
心配なのはお前だよ。

目が覚めたら、別の俺たちかもしれない。
それでも。
過去も今も未来も、ずっと一緒にいよう。
飾らずに、隠さずに。
ねぇ、俺たちはありのまま。

 

 -了-

 

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