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「久し振りね」
旅先の宿屋。
突然のノックに首を傾げながら開けた扉。
目の前に立つ見覚えのある女。
もう少しで忘れられそうだった顔。
一番忘れたい顔。
「…ああ」
「入っても良いかしら?」
女は俺の返事を待たずに横をすり抜けた。
黒く長い髪が揺れる。
「おい…」
「その様子だと、大丈夫みたいね」
「な…」
俺はそのまま言葉を失った。
やはりコイツはまだ俺を追っていたのか。
「なんとなく…、そろそろ来ないといけないかしら、という気になったの」
「…また似てきたんじゃないのか?」
「誰に?…なんて訊くまでも無いわね」
無造作にベッドの上に座り、瞼を半分落とした目でこちらを見る。
人を責める時の目が、そっくりだ。
俺は、何度この目で見られた事だろう。
思わず目を逸らす。
「いつまで…俺を追い続けるつもりだ?」
その目で見られていることが耐え切れなくて、思わず尋ねる。
こんな事、訊いても無駄だと分かっているのに。
何か口に出さないと、心が押し潰されてしまう様な気がした。
すると女は、何を言ってるんだ、といったような様子で答えた。
「私が、あの人のコトを忘れるまでよ」
「忘れる?お前が『彼女』の事を?そんな事…」
「有り得ないでしょうね」
俺の口から、思わず溜息が漏れる。
やはりそうか。
コイツは、これからも俺を責め続けるつもりなのだ。
「つまり、貴方は私に永久に追い続けられるわけ」
「もう、良い」
「絶対に逃げられないから」
「もう、良い」
「貴方を永遠に束縛してあげる」
「もう、良い!」
「もし、あの人のコトを忘れるようなら…」
「もう、良い!!」
思わず壁を殴った。
突然の攻撃を受けたそれは、大きな音を立てて揺れた。
また、女の瞼が半分落ちた。
それを見て俺の心臓が、大きく鳴った。
「貴方は変わらない」
「その目をやめろ」
「感情を抑制する事が出来ない」
「うるさい」
「あの時もそうだったんでしょう?」
「…黙れ」
「そうやって、高ぶった感情を抑え切れずに姉さんを殺したんだわ」
「違う!!」
俺の右手が、女の首を掴んだ。
そこで、はっと我に返った。
…何を…するつもりだった…?
「…ほら」
女は特に慌てる様子もなく、そっと俺の手を自分の首から外した。
「一種の病気よね。貴方も、私も」
「…?」
俺は、自分のしようとした事に冷や汗を流しながら、女の言葉に首を傾げる。
「病気…?」
「貴方は、知らなくて良い事よ」
そう言って、入ってきた時と同じように俺の横をすり抜け、扉に手をかける。
「信じられないかもしれないが」
「…何?」
「『彼女』を殺したのは…」
「…そんな事は、今更よ」
何を言っても無駄か…。
俺がそう思った時、女は振り返った。
「ねえ、もし次に私が貴方に会った時」
コレは、コイツの別れ際の決まり文句。
「姉さんのコトを忘れているようなら私、貴方を殺すわ」
そう言ってニッコリと笑った。
その笑顔は、時を経るごとに『彼女』に似ていく。
俺は、左手で口元を覆った。
また、言葉を失った。
女は、俺が何も言えないうちに部屋を出ていった。
分かっている。
アイツは、俺が『彼女』を忘れかけた頃に必ず現れる。
つまり、「『彼女』を忘れないうち」に、念を押しに来るのだ。
…本当は、俺を殺す気など無いのかもしれない。
「…馬鹿か、俺は…」
我ながら下らない事を考えたと思い、自嘲気味に一人笑った。
次に会った時、殺されてしまうのも良いかもしれない。
けれど。
「お前の誤解だけは、とかせてもらうからな…」
窓の外を見れば、宿から出て行く女の姿。
本当にアイツは、永久に俺を追い続けるというのだろうか。
俺に『彼女』の事を忘れさせないつもりなんだろうか。
そんな事を思ったとき、女がこちらを振り返ったので思わずカーテンを閉めた。
−了−
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