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「今日は機嫌が良いみたいだね」
「…いつもに比べたらな」
二人の少年が言葉を交わしながら空を見る。
雲がたくさんあるものの、一応『晴れ』
ココ最近、ずっと曇りと雨だった事を考えると、機嫌が良い方なのだろう。
誰の機嫌かというと。
「あの娘の具合はどう?」
「……だいぶ疲れてきたようだが…」
空に輝く太陽の化身である少女、陽の機嫌である。
「燈雲(とううん)は少し甘いね」
「少し?……恐ろしく、だろう」
軽い溜め息と共に口から出た言葉には、多少の諦め。
それに苦笑した少年は、月の化身である月代。
対する少年は、闇の化身である宵闇。
二人は、空に来たばかりの陽を、常に気に掛けていた。
彼女は空の要。
空を守る者達は皆、陽を懸命に支えている。
「機嫌だけに振り回されているようでは、まだまだだな」
そう言って宵闇は、その場を立ち去った。
月代も、わかっていた。
だから何も言わずに宵闇を見送ろうかと思っていたのだけれど。
「もうすぐ君の仕事が始まるね。…気付いてる?」
「…」
振り返らなかったけれど足を止めた宵闇を見て、月代はすぐにわかった。
ああ、やはり彼も気付いているのだ、と。
宵闇の仕事が、夜が始まる前に世界に訪れるもの。
陽が太陽になってからは、未だに一度も目にしないもの。
「……夕方が…来ないね」
すぅっと宵闇の姿が景色に溶けると、空は一気に暗くなった。
ちょっと前まで昼のように明るかったのに、急に暗くなる。
それが最近の空だった。
夕は、怪訝な顔で窓の外を見ながら灯りをつける。
映し出されるその部屋は、少し前まで、自分が仕えていた少女が使っていた部屋。
彼女に仕える為にこの屋敷に来たのだから、彼女がいない今、ココにいる理由は無い。
毎日少しずつ荷物をまとめながら、心の整理をつけている。
『……忘れないで、私の事』
…忘れるものか、と思う。
『お前は幸せだな』
本当にその通りだ、と思う。
『これからも彼女は、ずっと見ているよ』
今この瞬間も?
見上げた空には月が浮かび、自分を優しく照らしているけれど。
――君は、太陽だったな。
そう思った途端、少し笑みがこぼれた。
「だって、疲れちゃうんだもの」
ぷぅっと頬を膨らませながら、陽は言った。
「毎日毎日、世界中を照らすのよ。疲れるの、当たり前でしょ」
それを言われると、周りも納得してしまいそうだが、実は、特に難しい事をしているわけではない。
起きている間、心を穏やかに保っていれば、太陽は自然に世界を照らすはずなのだけれど。
「『自分が太陽なのだ』と、気負いすぎているんですよ、きっと」
陽の世話役で雲の化身である燈雲が、なだめるように言うが、あまり効果は無く。
「気負ってないんていないわ!私は普通にしてるだけ!」
そう言って、布団の中に潜り込んでしまった。
…今日も、曇り。
空を一面に覆った雲は、重く、ちょっと暗い色。
燈雲も、だいぶ疲れているようだ。
「やっぱり駄目みたい?」
月代が、心配そうに燈雲に声を掛ける。
「ええ、どうにも難しいみたいです」
普通の少女だと思っていた自分が、突然太陽の化身と言われれば戸惑うだろう。
けれど、空にいるたくさんの化身たちは、皆そうだったのだ。
普通の人間として生活を送っていたある日、迎えが来て、空に昇った。
人間の世界では、死んでしまったことになるけれど、それとはまたちょっと違う。
「お連れするのが少し早過ぎたのでしょうか?」
しかし月代は、首をそっと横に振る。
「まさか。むしろ遅すぎたんだよ。前の化身は、あんなにも早く眠りたがっていたのに」
陽が地上で、宵闇をどうにか説得して時間を引き延ばしていたくらいだ。
早過ぎたわけが無い。
「とにかく、彼女が心穏やかでいられる状態を作らないと」
このままずっと曇りや雨ばかりでは、地上が大変な事になる。
月代と燈雲は、頭を抱えた。
そんな二人の元へ現れた宵闇が、ボソリと呟く。
「不自然だ」
「…何が?」
首を捻る月代。
「今までに、夕方を呼べない太陽がいたか?」
そんな話は、聞いた事がない。
皆、戸惑いながらも、自分の役割をこなす事が出来ていたのに。
「…太陽は、一人じゃないのかもしれない」
一瞬顔を見合わせた月代と燈雲だったが、ああ、と月代が気付いたように手を叩いた。
急に暗くなるだけでなく、この所、ずっと曇りか雨ばかりなのだ。
不思議と、夜になるとしっかり晴れているのだけれど。
――宵闇と月代が、頑張っているのか。
とすると、陽は一体どうしているのだろうか。
姿を見せない太陽に、不安ばかりが大きくなる。
自分を、見てくれてはいないのだろうか。
「陽…」
曇り空に向かって思わず口にしたその名前。
何を期待していたわけでもなかったのに、あまりにも意外な反応が返ってきた。
「夕!」
耳にすんなりと入ってくる、その声は。
夕が振り返るのを待つ間ももどかしく、陽は、彼の胸に勢い良く飛び込んだ。
「………陽!?どうして…!」
慌てて支えた彼女の後ろには、月代と宵闇の姿。
驚くくらいの陽のはしゃぎように、苦笑しているのは気のせいではあるまい。
「今までに例の無い事だったので、まさかと思ったのですが」
そう言う月代を遮るように、陽が笑顔で言う。
「私、一人じゃ駄目だったの。半人前の太陽だったの」
状況を読めない夕だったが、その嬉しそうな陽の顔を見て、ホッと胸を撫で下ろした。
彼女は、ちゃんと元気でいたらしい。
「ずっと太陽が見えないから、心配していたんだぞ。半人前だから…帰ってくるのか?」
くすりと笑った夕だったが、陽の言葉を聞いて顔色が変わった。
「違うわ。貴方が私の所へ来るのよ!」
――私が…陽の所へ…?
「……何を言って…」
グイッと腕をつかまれた瞬間、体が軽くなった気がした。
あの時と同じように、宵闇の杖の先にある珠が光っている。
違うのは、それと共に光っているのが、陽の体ではなく自分の体である事。
「どういう事だ?私は…!」
足元に、倒れ込んでいる自分の体。
どんどん昇っていく意識。
「自分はあんなに抵抗したのに、随分強引だな…」
宵闇が呆れたように言った。
確かに、元々陽は体が弱かった。
だが、空へ昇る前にあんなに苦しんだのは、時間を引き延ばしすぎたからなのだ。
自分は夕に会う為に宵闇を止めたのに、夕を連れて行くとなったら了承も無く突然。
コレも、彼女だからこそなのだろうか。
気付いた時には、とても明るい所にいた。
晴れ渡った、雲ひとつ無い空が広がる美しい場所。
「まあ…、なんて見事な青空でしょう」
知らない女性が、安心したという感じの声を出す。
そして、まだ腕にしがみついている少女の頭を撫でて、夕は困った顔をした。
「……さあ、ちゃんと詳しく説明してもらうぞ?」
陽は、今までで一番嬉しそうな顔で頷いた。
ちょっとだけ、雲が多い夕方。
窓の無い部屋で、陽が口を尖らせていた。
「どうした?また不機嫌なのか」
陽に仕えていた頃とあまり変わらない生活。
夕は、すぐに空に慣れた。
そして陽も、夕がいるので近頃ずっと落ち着いていたのだが。
今日は何だか、機嫌が悪い。
「一体何が不満なんだ?」
陽に布団を掛けながら、夕は優しく問い掛けた。
すると、口を尖らせたままで陽は答える。
「貴方が空を照らす頃、私は眠らなきゃいけないんだもの。貴方の空、見られないわ」
空の事を気に掛けずに眠れるよう、太陽の部屋には窓が無いから。
「…せっかくなのに…つまらない」
その様子が本当につまらなそうだったので、夕はちょっと考えた。
そして次の日、そっと陽に渡した濃いオレンジ色のレンズ。
「ほら、コレで空を見てご覧。私の空は、こういう色だよ」
レンズを受け取って、陽はくすくすと笑い出した。
「…何だ、せっかく人が準備したって言うのに…」
確かに、自分でもなんて子供じみた事を、とは思ったのだが。
馬鹿にされたと思った夕が眉を寄せた。
しかし、陽は笑いながら首を横に振った。
レンズを覗き込んで、じっと空を見つめる。
「とっても嬉しいの。素敵ね。コレは、夕方になるレンズだわ」
そしてくすくす笑いながら、いつまでもいつまでもレンズを覗いていた。
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