
――ああ、また一つ星が落ちた。
少女はそのまま空を見続ける。
いつまでも、いつまでも。
黒の中に光が点々としていた空が、下からボンヤリ明るくなってきた頃、彼女はようやく首を下ろした。
その視線の先には、一人の男。
ゆっくりこちらへ向かって歩いてくる。
髪が長いが、結んではいない。
少し癖があるのか、所々はねている。
シルエットだけでも、彼とわかるくらいに特徴的な。
『EX』
彼は、彼女をそう呼んだ。
少女は微笑む事も無く、黙ったまま男の隣りへ行く。
すると、頭をそっと撫でられた。
けれど彼もまた、微笑みすら浮かべず無表情だ。
『眠る時間だ、EX』
その言葉を聞いて、少女は不満気に男を見たが、彼はもう彼女を見ていなかった。
そして、語りかけることもなく、また来た方向に歩いて行く。
観念したように、少女も男の後を追う。
辺りはどんどん明るくなったが、少女の表情は暗くなるばかり。
「眠りたくない」
男に追いつき、服の裾を掴みながら云う。
しかし、彼は優しさの欠片もない言葉で応えるのだ。
『眠る時間だ、EX』
――ココは嫌い。
飾り気の無い、機械だらけの部屋を見ながら思う。
――ココは嫌い。
今までに何度そう思ったのだろう。
少女は静かに、探るように足を踏み入れた。
暗い。
星の明かりがある夜よりも暗いのではないだろうか。
そんな部屋の中心にある、白い直方体の箱。
それが彼女のベッド。
この中でいつも眠るのだ。
ゆっくりと蓋を開け、中を覗きこむ。
思った通り、何も無い。
枕も、布団も無い、本当にただの箱なのだ。
数時間前も、ココで眠っていた。
「どうしても?」
振り返らなくても、後ろに男がいるのをわかっていた。
だからそう尋ねたのだが、返事は無かった。
痛いとか、眠れないとか、そういう事は不思議と無いのだけれど。
少女は溜め息をついて、箱の中に入り横になった。
「おやすみなさい」
今度は、冷たい視線を投げ掛けながらも応えてくれた。
『――おやすみ、EX』
少女は思う。
――何故私はココで眠るのだろう。
一日のうち、目を開いているのは三時間ほどだ。
それも決まって真夜中。
空に星が見える時に起こされ、外出を許される。
が、行動範囲は細かく決められ、しかも夜が明ける頃にはこうして帰される。
毎日毎日同じ事の繰り返し。
迎えに来る度に男は云うのだ。
『眠る時間だ、EX』
『EX』
いつものように名前を呼ばれ目を覚ますと、珍しく辺りが明るい。
『起きろ、EX』
目を擦りながらゆっくりと起き上がり、箱から顔を出す。
気のせいではない。
少女は初めて、「眩しい」という言葉の意味がわかった気がした。
手をかざしながら目を細めていると、男がこちらを見て云う。
『EX、早く出てくるんだ』
「今日は、何故明るいの?」
ずっとそれを求めていたとはいえ、何の前触れも無く与えられれば、疑問に思うものだ。
『問題無い。さあ、早くするんだEX』
相変わらずの態度を取る男に、少々呆れながらも少女は箱から出た。
すると男が、すぐに彼女の手を取って歩き出す。
「どうしたの?」
今まで、こんな事をした事など無いのに。
「ねぇ、どうしたの?」
二回訊いた所で、男の足がぴたりと止まった。
『EX、問題無い、と云っただろう?』
少女は首を横に振る。
「貴方に無くても、私にはあるもの」
男の眉が、ピクリとはねた。
『そうか。EXは、そう思うのだな』
頷く少女を見て、男は何処か満足そうな顔をしたように見えた。
『眠る時間だ、EX』
くるりと踵を返す男。
「何処かへ行くんじゃないの?」
しかしまた、云う。
『眠る時間だ、EX』
それからまた同じ事の繰り返し。
繰り返し、繰り返し。
少女はついに尋ねてみた。
「何故私はココで、こんな風に眠るの?」
すると男はこう云った。
『ようやくそれを尋ねたか、EX』
少女は思わず数回瞬きをした。
「ようやく?」
けれど、男は気にせず向こうを向いた。
『では、次だな。EX』
――ようやく?
尋ねては、いけない事だと思っていた。
しかし彼は、少女がそれを尋ねる事をずっと待っていたようだ。
それなら。
尋ねたい事はたくさんある。
ココは何処で、貴方は誰で、一体何をしているのか。
そして何故。
――何故私に必ず、『EX』と語りかけるの…?
だが、それらの言葉を紡ぎ出せないうちに、男がまた云うのだ。
『眠る時間だ、EX』
次に目覚めた時、男は云った。
『具合はどうだ、EX』
「良くも、悪くも無い」
すると男が微笑んだ。
随分と長い間一緒にいたはずなのに、少女が男の笑顔を見るのは初めてだった。
「笑え…たんだね」
そう少女が云うと、男も云う。
『EX、お前もな』
男につられて笑っていたらしい自分に気付いて、ハッとした。
両手で思わず頬の辺りを押さえる。
『――それで、良いんだEX』
何が、と尋ねる前に、男が少女を抱き締めた。
『これならもう、大丈夫だな』
「初めて」がもう一つ。
「今、『EX』って呼ばなかったね」
少女の言葉に男はこう応えた。
『ああ、恐らくお前が最後だから。もう、いい加減認識しただろう』
「――え?」
その時少女の視界の端に入ったのは、自分になりかけたたくさんの――。
『エクストラレクト。それがお前の名前だ』
星がまた、一つ落ちた。