修学旅行だった。
それなりに楽しみではあったものの、さして感動は無い。
第一、自殺の名所なんて言われるこんな滝、見に来た所で楽しみも無い。
そりゃあ、大量の水が落ちる様は圧巻ではある。
ボーっと見るのもそれなりだ。
だがしかしそれだけ。
俺達は、先生の説明を聞くのもそこそこに、小さな子供のように辺りを走り回っていた。
来年は皆別の学校かもしれない。
それなら、今のうちに遊んでおかなきゃ損だろう。

――でも、それがいけなかった。
大騒ぎして走っていたら、勢いよく手すりにぶつかった。
見るからに古く、昔からあるって感じのそれは、俺がぶつかった途端、
バキィッ
と、派手な音を立てて壊れたんだ。
当然、勢いがついてる俺は手すりの向こうへ。
その手すりが何の為にあるかって…落下防止、自殺防止の為で…。
「うわああぁぁぁっ!!」
一瞬何が起こったかわからなかった。
でも、『落ちてる』ってわかった瞬間情け無いくらい大声を上げちまった。
「矢岬(やさき)!」
「丘(たかし)ーっ!!」
「おい、ヤバいよ。先生呼べ!」
頭のずっと上の方で、さっきまで一緒にふざけてた仲間の声が聞こえる。
何か、近くにいた他の観光客の悲鳴とかも聞こえる。
でも、そんなものはどんどんどんどん遠くなって…。
ドボーンッ
手すりに負けないくらい大きな水音を立てて、俺は滝壷に落っこちた。


水飛沫は、どれくらいだった…?
いや、そんな馬鹿な事考えてる場合じゃないな…。
自殺の名所って事は、ココに飛び込みゃ死ねるって事だろ?
やべぇ…。
沈んでるのが自分でわかるよ…。
もしかしなくても俺、死んじまうのかな…。
「いや、そんな事は無い。」
……は?
かなり悲観的な考えに落ちてきた頃、頭の中に聞いた事の無い声が響いた。
「お前の命の時間は、後10年あるからな」
10年!?
ココで助かっても、そんなに少ないわけ!?
って事は、24歳で死ぬって事か?
それって、運が良きゃ来年初めの受験で万歳合格高校生。
幸せな3年を有難うこちらも合格大学生。
さらに運良く卒業就職。
もしかしたら仕事先で運命の出会い。
最高に上手くいって、結婚しようか…なんてプロポーズの一つもした所でさようならって感じじゃないか!?
「物凄い都合の良い考えだな」
うるさい!
後10年しかないなんて聞いたら、都合良くしか考えられんわ!!
「いやしかし、中身はどうあれ10年間、どう過ごすかはお前次第」
…ところでアンタ誰だよ。
ああ、今更訊いた俺も情け無い。
そういえば息が苦しいって事も無いな。
そう思いながら目を開けてみると、黒い髪の変な男が1人。
「変とはまた失礼な」
…俺の考え完全に読めるわけね。
「その通り。自分は人の命を預かっている。お前は矢岬丘14歳だな」
そしてその男は、持ってた本を見ながら俺の事細かなプロフィールを言った。
確かにそれは俺の事だけど…。
何でそんな事知ってるんだ?
っていうか、何でそんな事その本に書いてあるんだよ…。
気持ち悪い…。
「人の命を預かっているのだ。その者に与えられた命の時間を間違えたら大変だから詳しくないとな」
…で?
俺の命の時間は後10年だって?
どう過ごそうと10年後まで必ず生きて、逆にいえば必ず終わりだって?
「その通り。だからこんな所で沈んでないで、さっさと陸に上がれ」
いや、上がれって言われてもさ…。
10年…俺…、まさか20代で死ぬなんて思ってなかったからなぁ…。
何となくさ、今まで健康に生きてきたからには、凄い爺さんになるまで生きていられそうな気、しないか?
「そんな事を自分に言われてもな…」
どうせココに落ちた時、死ぬと思ったんだしなぁ…。
そうだ。
どうせならさ、その時間を今までの10年の観察に使わせてくれないか?
「…どういう事だ?」
だから、俺が4歳の時に戻して欲しいって言ってんの。
あ、勿論歴史をいじるとかそういうんじゃなくて、俺がどう生きてきたか、客観的に見たいなぁと。
もう一度きっちり10年、自分を外から見られたら面白くねぇ?
「……それは、今の命は投げ出したいという事だな」
何でそんな難しい顔してんの?
「お前も知っていると思うが、ここは自殺の名所なんだ」
うん、そうらしいな。
「本来ならまだ命の時間が残っている者達もたくさん飛び込んでくるわけだ」
まあ、嫌になっちゃったんだろうねぇ。
「ところがその者たちに残りの時間を告げても、皆命を投げ出すのだ。時間は残っているのに、だぞ?」
何見てるのアンタ。
……うわ、何だそっちにあるでかい岩!
「これが、捨てられてしまった命の時間の塊。決められた命の時間を捨てる事は出来るが…」
誰かに分けてやる事は出来ないんだ。
「まあ、そんな所だ」
…不便だね。
「何故、皆そんなにも死に急ぐのか。自分の言い方がそんなにもまずいのかと、最近悩んでいる」
最近って…こんなに時間がたまるまで悩まなかったのも凄いけどね。
でもまあ、アレだね。
「アレ?」
案外、人生何処まで生きるのかわからないから面白いって面もあるからさ。
完全な寿命…つまり人生の終わりをわかっちゃうと、ちょっと気力失せるかもね。
そうそう、特に俺みたいに思ってたよりもずっと短かったりすると。
で、自殺しちゃった人はさ、大抵本当にどうしようも無くなってるパターンが多いわけだろ。
そんな時にまだまだ長く生きられるとか言われても、苦痛にしかならない事もあるかもね。
自殺したいとか考えた事無いからわからないけど。
「……なるほど」
男はふむふむと頷いた。
「つまりは、時間は本人に伝えない方が良い、と」
人によるだろうけど…俺はそう思うよ。
「そうか。自分は終わりが見えれば頑張れるであろうと思って告げていたのだが…」
嫌な事は、終わりが見えたら頑張れるけど。
あんた自分で言ってたじゃん。
『どう過ごすかはお前次第』って。
頑張れそうに無いなーって思ったら、人生自体終わりにしたくなるかもよ。
「自分は果てる事の無い命ゆえ、そんなこと考えた事も無かった。丘、面白い事を教えてくれたな」
またその本開いちゃって…。
それ、自分の事が凄い細かく書いてあるって思うと、かなり気持ち悪いからやめようぜ。
って、アンタ、今何書いたの?
「いつか誰かが言っていた。『生きる希望がある者が来た時は、自分の時間を与えて欲しい、と」
え、それって俺にもっと命の時間をくれるって事?
でも、人には分けられないんだろ?
「まあ本来は。しかし丘は自分に良き知恵を授けてくれたからな」
知恵っていうか…俺が思ってる事言ってみただけだけどな。
「恐らくその誰かも、普通に生きたいお前に与えたと知れば喜んでくれるだろう。秘密だぞ」
『秘密だぞ』って…そんなんで良いのかアンタ。
…秘密も何も…なぁ…。
「10年でなければ、お前もちゃんと生きたいのだろう?」
じゃあ、俺は後10年じゃ終わらないわけだな?
「さあ?」
『さあ?』って!
「もう自分は、人間に命の時間を教えない。丘、いつ終わるかわからないその人生、ゆるりと楽しめ」
ちょっと待てよ!


「半端に教えられた感じで、気持ち悪いじゃねぇか!!」
「うわぁ!」
「丘!」
「良かった、気が付いたのか!」
……あれ?
目の前にあったのは、見慣れた顔だった。
突然滝壷から浮かんできた俺を、皆がココ――最初に滝を見ていた所――に引き上げてくれたそうだ。
で、気絶していると思ったら、物凄い勢いで起き上がった状態…らしい。
周りの皆が驚いて、ちょっとひいてる。
まあ…でかい声で叫びながら起きちゃったし。
「おい、大丈夫なのか?」
「ああ、全然平気。ちょっと寒いけど」
そんな事を言っていると、先生が一撃、拳骨を頭にくれた。
バキッ
「〜〜〜〜痛〜〜〜〜〜っ!」
「この馬鹿が!その体が浮かんできたのは、奇跡と思えよ!」
奇跡。
ああ、奇跡…なんだろうな。
「でもホント良かったよ矢岬〜…」
「お前落ちた瞬間、俺全身血の気引いたよ…」
「もー、勘弁してくれよな」
「悪ぃ悪ぃ」
照れ笑いをしながら、もう一度滝壷を覗き込んだ。
轟々と音を立てて落ちる水。
あの下に俺は行ったのか。
そして、あの男はそこにいるのか。
…いや、夢だったかもしれないし。
「まあ、もうしばらく休んで、大丈夫そうならバスに戻れ」
「うぃーッス」
「何だその返事は!」
もう一撃飛んできた先生の拳骨を避けて、さっさとバスに向かって走り出した。
「コラ!本当にもう大丈夫なのか!?」
そう言った先生に、俺は笑いながら言った。
「心配ないッスよ!俺、最低後10年は死なないッスから!」

最低、ね。
一年にせよ一ヶ月にせよ、あの男は俺の寿命を延ばしてくれたはずだから。
まあ後は、全部俺次第だろ。

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