岩川 鈴様

 前略。
先日、小さな女の子を拾いました。
名前は――――

 何を見ても、何をしても貴女を思い出す。
どうしたら、良い?
白夜(びゃくや)はボンヤリとそんな事を考えながら歩いていた。
最近降り続いている雨が、まるで自分の心の中を映し出しているかのようだ。
いっそこのまま何処まででも歩いて、何処かへ消えてしまえれば良いのに。
そうも、思う。

 少し前から何かというと出てしまう溜息がまた姿を見せた時、いつもの橋に着いた。
――よく、2人で歩いたっけ…。
思わず俯く。
煉瓦で覆われたその橋を渡っている途中、ふと、誰かが見ている気がして顔を上げた。
すると、橋の中央辺りに、白いワンピースを着た小さな女の子が座っていた。
首には、猫がつけるような鈴がついている。
――あの子、どうしたんだろう…?
雨が降っているというのに傘も差さず、ただ座りながらボンヤリとこちらを見ていた。
「風邪、ひいちゃうよ?」
傘を差し出して声を掛けると、少女は真っ直ぐに白夜を見た。
肩の少し上辺りで切り揃えられた黒髪が揺れる。
「どうしたの?誰か待ってるの?」
尋ねてみるが、少女は何も反応しない。
「お父さんとか、お母さんとかは?」
今度は、首を横に振る。
「家は、何処かなぁ?」
また、首を横に振る。
白夜はちょっと、後悔した。
――声、掛けちゃまずかったのかも…。
何か微妙な事情がありそうだ。
けれど、一度声を掛けてしまった以上、またココに放っておくわけにもいかない。
「じゃあ警察――おまわりさんの所は…」
ぶんぶんぶん
勢いよく、首を横に振った。
「………嫌だろうから…」
さてどうしよう。
少女は、訴えかけるような瞳で白夜を見ていた。
それを見ていると、何だか、とても淋しい気持ちになる。
自然、口から出てきた言葉は。
「えーと……、雨が止むまで、うちに来る?」
何故そんな事を言ってしまったかはわからない。
しかし少女はそれを聞いた途端、嬉しそうに白夜に抱きついてきた。
チリン、と首の鈴が鳴る。
――こ、コレで良かったのかなぁ…。
後で誘拐とか騒がれたらどうしようとか、思わなくもないが。
ニコニコしながら白夜に寄り添う少女を見て、
――まあ、良いか…。
と、気楽に考える事にした。

 少女が家に来て3日。
相変わらず止む気配のない雨。
『雨が止むまで』と言ってしまったせいなのか、少女はいっこうに出て行こうとしない。
しかも喋らない――喋れないのかもしれない――ので、名前も家もわからない。
だから、白夜は彼女に名前を付けた。
その名前は――。
「硝子(がらす)、ただいま」
ドアを開けてそういうと、チリンチリンと首の鈴を鳴らしながら、少女…硝子がパタパタ走ってくる。
腕を後ろに組みながら、おかえりという風にちょっと腰を曲げた。
頭をぽふぽふと撫でてやりながら、白夜は鞄の中を探る。
「良い子にしてた?」
すると硝子は一生懸命頷いた。
そんな様子を笑いながら見て、白夜は鞄から掌くらいの袋を出した。
「じゃあコレ、お土産。良い子にしてたごほうび」
白夜は1人暮らしなので、硝子がいきなり来ても特に困らなかった。
ただ、昼間はずっとアルバイトなので、硝子が1人になる事がちょっと心配だったが。
部屋が狭いのは、我慢してもらうしかない。
しかしまだ止む気配の無い雨を見て、白夜はこれから本当にどうしようかとちょっと悩む。
7、8歳の女の子だ。
多分両親がとても心配しているだろう。
そう考えながら、袋を開けてお土産の確認をしている硝子の方をチラリと見た。
袋から出てきたモノは――埴輪。
一体コレは何なのかと不思議そうにそれを見る硝子の後ろから声を掛ける。
「硝子、お前にそっくりだろう」
すると驚いたように振り返り、抗議するように白夜の頬をつねった。
「何だよー」
別に痛いほどの抗議ではないので、それを甘んじて受けながら、大笑いした。
後でこっそり見てみると、硝子は鏡と埴輪を交互に見ながら首を捻っており、また笑ってしまった。

 それからまた一週間。
ようやく雨も止み、さて、これからどうしようかと白夜は悩んでいた。
硝子が何らかの手がかりを示してくれない以上、家に帰す事も出来ない。
かといって当然放り出すわけにはいかないし…。
一応、近所の様子を探ってみたが、彼女の捜索願いのようなモノは出されている気配が無い。
――もしかして、この近所の子じゃないのかな?
このまま硝子がココに住み着いたとしても、白夜としては構わないのだが…。
――流石にそういうわけにはいかないよなぁ…。
ああ、今日もまた結論が出なかった。
そう思いながら白夜は鞄を手に取りリビングに向かった。
もう、アルバイトに行く時間なのだ。
「硝子、行ってくるよ。今日はそんなに遅くならないから――」
言いながら硝子を見ると、テレビの前で彼女は手にした何かを見ていた。
それが何か気付いた瞬間、思わず白夜は走り出した。
そしてその勢いのまま、硝子の手からそれを奪いとる。
「コレに触るな…ッ!」
大声を上げる白夜を、ビックリしたように硝子が見ていた。
手が、それを持った形のまま固まっている。
そんな硝子の様子を見て、白夜はハッとした。
「ご、ゴメン硝子…!」
我ながら大人気なかったと、思わず膝をつく。
「でも…コレは…、コレだけは駄目なんだ…」
そう言いながら大切そうにテレビの上にそれを置き直した。
木製の、フォトフレーム。
中では、白夜と1人の女性がこっちを見て笑っていた。
「そういえば、硝子が来たおかげで、悲しい事すっかり忘れてたな…」
肩を落とす白夜を見て、硝子が心配そうな目を向ける。
「この人…両親いなくなった俺の事、育ててくれた人なんだ。この前…死んじゃったけど」

 捨てられたのか、事故だったのか。
理由はわからないが、10年程前、両親は突然白夜の前から姿を消した。
親戚は冷たく、あっちへそっちへたらい回し。
幼心に自分は邪魔なのだと感じて親戚の家を飛び出した時に、彼女と出会った。
確かその日も雨だった。
濡れながらあても無く歩く白夜に、そっと傘を差し出す彼女。
優しい笑みを向けてくる。
『どうしたの?風邪をひいちゃうよ。お父さんやお母さんは?家は何処?』
首を横に振る白夜に、ちょっと困った顔をして。
そして、彼女はこう言ったのだ。
『じゃあ、雨が止むまでうちに来る?』
結局、雨が止むまでどころか、親戚にも交渉して白夜を引き取り、こんな所まで育ててくれたのだけれど。

 そんな彼女は少し前、交通事故で死んでしまった。
不慮の事故だったとかそんな事は関係なく、ただただ彼女を返せと言いたかった。
「ああ、そうか…。俺、お前の事……昔の自分みたいだと思ったんだ…」
雨の中に1人佇む子供。
それが、昔の自分と重なったのだろう。
白夜は、硝子の小さな体を抱きしめた。
「ずっと、彼女の事追いかけたいと思って…、もう、死んでしまおうと思って…」
親戚より、実の親よりも自分を愛してくれた。
大切に育ててくれた。
優しい言葉をくれた。
そんな彼女が、何のお礼も出来ないうちにいなくなってしまった。
それが、耐え切れなかった。
しかし周りの人は平然とした顔で言うのだ。
『高校を卒業できた後で良かった』と。
冗談ではない。
高校を卒業できたからこそ、ようやく彼女へのお礼を始められると思ったのに。
「どうして――……」
どうして貴女は、手が届かないほど遠くへ行ってしまったのか。
「――――――」
そう言おうと思ったとき、綺麗な歌声が聞こえてきた。
まるで、耳元で囁くような。
――耳元?
白夜は、硝子から体を離して彼女を見た。
すると、彼女の口からその声が紡がれているのがわかる。
「硝子…お前声…」
しかし、声よりももっと驚く事が。
硝子の背中から、小さな白い翼が生えていたのだ。
ビックリしている白夜に、硝子はにっこりと笑いかけた。
「駄目だよ、白夜。追いかけようなんて、思っちゃ駄目」
「…え?」
「鈴(りん)ね、白夜の事待ってないから」
「硝子、どうしてその名前…」
鈴。
それは、まさに白夜を育ててくれた彼女の名前。
「アタシね、鈴に頼まれたの。白夜、絶対落ち込んでるから励ましてあげてって」
そう言ってまた、フォトフレームを手に取る。
「絶対絶対こっち来ちゃ駄目だよって、伝えてねって。だから下りてきたの」
白夜は、呆然と硝子の話を聞いていた。
「でもアタシ、まだ見習いだから、翼を隠すと声が出せなくなっちゃうの。だからどう白夜に説明しようかなぁ〜って」
そうしたら、都合よく白夜の方から話し掛けてきてくれた、と。
そういう事らしい。
「見習いって…何の?」
「天使」
ピコピコと翼を動かす。
突然姿を現した、しっかりと背中から生えている翼。
どう考えても、ただの悪戯では無理だ。
「白夜が死にたいとかそういう事言い出したら、もう翼でもなんでも出して説明しちゃおうって思ってたんだ」
「ホントに鈴さん、俺に『来るな』って?」
「うん。いっぱいいっぱい真剣に言ってた」
気付いたように付け足す。
「あ、白夜がいなくて淋しくないわけじゃないよ?でも、白夜にはちゃんと生きてて欲しいって」
ね?とまた笑いかけてきた。

 心にずっとたまっていたものが、少し解れた気がした。
自分がこれからもちゃんと生きている事。
それが少しでも彼女へのお礼になるのならば。
「――うん、わかった」
いつのまにか浮かんでた涙を拭いて、白夜も笑った。
「それで、これから硝子はどうするの?すぐに帰るの?」
すると、硝子は照れたように頭を掻いた。
「えへへ、アタシ、まだ自分じゃ天国帰れないの。だから、向こうからお迎え来るまで宜しくね」
「…え?お迎えって…いつ…?」
「わかんない。100年か200年か…。とにかく結構先かなぁ」
「おい!いくらなんでも俺、そんなに長く生きてられないぞ!」
「へーきへーき。アタシがいるもん」
帰れないけど、寿命はいじれるとでも言うのだろうか。
とにかく、これから白夜は、賑やかな時を過ごす事になりそうだ。
思わず、声を出して笑いそうになった。
「そうだ。さっきの、もう一度唄ってよ。凄く綺麗な――」

 硝子。
そう、硝子と名付けました。
とても澄んだ瞳をしている事と、扱いを間違えると痛い目を見る事。
そして、たまに見せる無機質さと、例えようの無い透明感――。
まさか、天使だったとは思いもよりませんでしたが。
元の名前は無いそうなので、ちょうど良いです。
我ながら、良い名前をつける事が出来たと思っています。
 彼女がいると、毎日がとても楽しいです。
それは全て、貴女のおかげだと、そう思います。
 ありがとうございました。
多分俺は、これからもずっと元気です。

 それでは、この辺で。
乱筆乱文、よろしく御判読のほど願い上げます。

草々

 6月21日  酒巻 白夜

 追伸 もしかすると俺は、218歳くらいまで貴女の所には行けないかもしれません。




back