崖傍の二本枯れ木の周りの墓場。
知ってるかい?
今でこそあんなに廃れちまってるが、実は大金持ちの墓場ってぇ話よ。
ほら、金持ちってのは無駄な事に金を使いたがる。
死んじまった人間を綺麗に飾ってなぁ…。
あん中みーんな、金やら宝石やらで一杯って事らしい。
てめぇみてぇな暴きにゃぁ、良い所なんじゃねぇのかい?
しかし気をつけな。
柵も腐れて入り放題。
そんな稼ぎ所の癖して何故か、行った奴らは1人も帰って来やしねぇ。
もうとっくに暴かれて空っぽで呆れてどっかへ行っちまうのか、それとも何か潜んでやがるのか。
…まぁ、その背中のでけぇのが単なる飾りじゃねぇ事を祈ってやるがな。

一歩踏み入れれば乾いた草の匂い。
吹き抜けていく風の音。
空に浮かんだ満月は、薄っすら雲がかかってはっきりとは見えやしない。
それでもその灯りを頼りに辺りを見回せば、ひびの入った墓石が点々。
「ちっ…。ココが誰の墓場だってェ…?」
折れた白塗りの柵を跨いで近付くと、より一層の荒廃具合が目に痛い。
思っていたより雑草は伸びていないものの、飾り気の無い墓はどう贔屓目に見ても金持ちの物とは思えない。
第一、石があまり良くない。
「こりゃ一杯喰わされたか…」
抜き身の大きな剣を背負った男は思わず舌打つ。
――花の一つも置いてない墓なんぞ、一体何処の金持ちのもんだってんだ…。
しかしまあ、せっかく来たのだからとりあえず。
そういわんばかりに男は一番奥、枯れ木の傍の墓に近寄った。
彫られた十字に手を掛けながら、剣で地面と墓石の隙間を突付こうとすれば。
「さて、貴様は何をやっているのか」
突然横の方から声がした。
――…何も気配はしなかったが…。
気配がしようとしまいと、はっきり声が聞こえたのだから仕方ない。
驚いた素振りも見せずに、余裕の笑顔で振り返る。
「おおっとすまねぇ、人がいたのか。挨拶もせずに悪かった」
そう言いながらよく見れば、墓の後ろに黒いマントを頭から被った一人。
座り込んだままこちらも見ずに、落ち着き払った声でまた問うた。
「そこは貴様の墓ではないだろう。去れ。それともココに、墓を並べたいか」
普通墓を並べたいかと問われれば、並べたいはずも無いと答えよう。
しかしそれには答えずに、墓から剣を離して男は言った。
「おやおや手厳しいねぇ。顔も見せないで…てめぇこそ何もんだ?」
すると音も無く立ち上がり、頭の部分だけマントを取った。
銀の髪に金の瞳。
まだ少年と呼んでも差し支えない年の頃。
「俺はココの墓守だ。貴様のような荒らしを払う役についている」
聞いた男は少年を天辺から爪先まで見て鼻で笑った。
「てめぇみてぇなガキが一人でココを?それとも何かい?そのマントの下は刃物だらけか火薬だらけか」
そうは言ったが知っていた。
マントには何の仕掛けも無い。
「知らねぇようだから教えてやるが、俺は『荒らし』じゃなくて『暴き』の方だ」
左手でコンコンと墓石を叩く。
「『荒らし』は気が弱ぇから物盗り済んだり見つかったりしたら、墓石から何から全部ひっくり返したままとっとと逃げる」
そして右手で剣を握り直す。
「『暴き』は宝以外は全部元通り。ただし、誰かに見つかった場合は…」
切っ先を少年に向けてニヤリと笑んだ。
「しっかり始末をつけて、悠々と帰るんだ。この意味が、わかるな?」
黙って聞いていた少年は、怯む事無く男を見返した。
「気の強いガキだこと」
フンと息を吐いて、今度はしっかり剣を構えた。
「丸腰の…しかもガキを斬るのは多少気がひけるが仕方ねぇ。『荒らし』じゃなく『暴き』の俺に会っちまった事を後悔するんだな」
そう言った直後に最上段から振り下ろした剣は、少年に当たる前に音も無く止まった。
「…何…?」
腕が動かないわけじゃない。
力が入らないわけでもない。
けれど確かに、剣はこれ以上少年に近付かないのだ。
少年がこちらを睨む。
「ちっ…」
それを見て男は後ろに一歩下がった。
すると、少年はマントを外し、墓石から離れながら言った。
「相手が『荒らし』だろうと『暴き』だろうと関係無い。墓を掘り返す奴を払うだけだ」
ジャラリ。
マントの下に刃物や火薬は確かに無かったがそのかわり、金円の装飾で一杯だった。
「へぇ、何だ、飾り物だらけじゃねぇか。ますます墓守って格好じゃねぇなぁ」
男は軽く言ったが先程の事がある。
少年の動きに全神経を集中させていた。
――あの装飾で剣を止めたとは思えねぇ。固さはどうだか知らねぇが、何しろあの細腕だ。
いくつもの墓を暴き、何人も斬ってきた自分の剣を止められるとは思えない。
第一、あの時少年は何もしていなかった。
手が動いた様子も無かった。
――ココで悩んでいても進まねぇ。もう一度斬ってみるまでだ。
そして男は踏み込み、両手で剣を横に薙いだ。
風を斬る音が聞こえ、次に斬れるのは少年の体。
…のはずだったのだが。
やはり、剣が止まった。
汗が流れ落ちる。
「見た目だの格好だの関係無いだろう。実際貴様を払うのは俺だけというわけではない」
男を横目で見ながら少年は、右手の指を少し曲げた。
ジャラリ。
甲についた金円が揺れる。
ボンヤリと光るそこから見えて来るのは人型の、否、人骨型の光。
「…コレは……」
すぐに下がろうとしたが、その前に光が腕の部分を一振りし、男の体が吹っ飛んだ。
「うわ…っ!!」
ダンッ
地面に叩きつけられるが、下が草なので大したダメージではない。
すぐに立ち上がって、また剣を構え直した。
光は、まだ消えない。
少年の前に、ふうわりと浮かんでいる。
「何だありゃ…」
男がそう呟くと、少年は少々感心したように言った。
「ほう、コレが見えるのか」
「…最初は見えなかったが…、つい今さっきからな」
「それなら話が早いだろう。今ならまだ見逃してやる、さっさと去れ」
しかし男は腕で汗を拭いて笑った。
「話が早いだぁ?冗談じゃねぇ。それが何もんかもわからないまま帰れるか」
少年は眉をひそめる。
「何かわかれば帰るのか。ならば教えてやる。コレは俺の父だ」
「…は?」
「俺は6代目のこの墓の主。先祖の墓と宝を守り抜く為ココにいる。さあ、わかったら帰れ。俺とて無駄な殺生をするつもりは無い」
ところが男は声を上げて笑い出した。
少年は、不審気な顔をするが男はお構いなしだ。
「成る程な。代々人生投げ出してまで守るお宝か。それもまた面白い」
そして左手に手袋をつけた。
「じゃあこっちも本気を出して、意地でも奪って帰るってもんよ」
強く柄を握ると、ギリギリと音がする。
皮の手袋が、滑り止めの役割をしてより一層力が入るのだ。
その様子に少年は、諦めたように溜め息をついた。
「やはり話しても無駄なのだな。仕方あるまい。他の奴らのように払うまでだ」
「ほざけっ!!」
剣は赤黒い軌跡を描き、少年の目の前に振り下ろされる。
…が、少年は一歩も動かぬまま、指を軽く動かすだけでそれを抑える。
すると、先程までと同じく剣はそれ以上少年に近付かなくなってしまうのだ。
光が、剣を抑えているからなのだろう。
何度となくそれを繰り返し、男の息が上がってくる。
「俺に刃は届かない。それがわからないのか」
「馬鹿を言え、どんな技にも弱点があるってのが俺の持論でね」
繰り返し、繰り返し同じ事を繰り返せば、自ずとそれが見えてくるだろう。
再び剣が止められた時、男が不敵に微笑んだ。
「ほら、こんな風にな」
右手で剣を操ったまま、左手で上着の裏の小剣を取り出し少年の脇腹を狙った。
光は正面で剣を抑えているゆえ、後ろと脇はがら空きとふんだのだ。
だが。
「愚かな」
少年の左手の指が動き、もう一つの光が現れ小剣を止めた。
「何だと…!?」
「俺が操るは父のみと思ったか。我々は、時代を経る程に力を増す。何故なら、先祖全ての魂を操る術を持っている」
少年がそう言った途端、男は人骨型の光に取り囲まれた。
「そんな馬鹿な…!」
直後、乾いた草の上に赤い染みが広がった。
おう、てめぇか。
一体どうしたってんだその酷い傷はよぉ。
もしや…、あの墓に行ったのか?
それでどうだった?
…いや、そんな事よりコレでその傷隠しときな。
で、どうするんだいこれから。
暴きなんて片目でやっていくにゃぁ辛い稼業だろう?
何、諦めちゃいないって?
馬鹿かい、てめぇは。
そんな傷負っといて、まだあの墓に行くってのかい。
そりゃあ最初に勧めたのはこっちだが。
まだ若ぇし、それなりに腕も立つんだ。
暴きやめてもやっていけるだろう。
まあ、どうしてもってんなら止めねぇけどな。
しかし命は大事にしろよ。
-了-