昔、タウラスは神サマに尋ねてみた事があります。
「神サマは、どうしていつも額に何か巻いてるんだ?」
「ああ、コレか――?」
そう、神サマは常に、バンダナやヘッドバンドを付けています。
そうするとどうしても…。
「せっかくの神サマの印、隠しちゃってるじゃん」
「んー、そうだなぁ」
すると神サマは、ちょっと真面目な顔になって言いました。
「…俺はさ、神になりたかったわけでもなければ、自分が神に向いてるとも思っちゃいない。だから…」
「だから?」
首を捻るタウラスに、笑いかけた後、空を見ながらこう言うのです。
「自分で、『ああ、俺が神で良いんだな』ってそう思った時、きっとコレを外すんだろ」

――そう、言ってたけど。
思い出しながら、タウラスは眉をひそめます。
足元の箱の中で眠る、神サマを見ながら。
――結局外さなかったのは、最期まで自分を神と認められなかった、と…そういう事なのか?
隣にいたスコーピオが、何も言わずにその場を去りました。
同じく黙ったままそれを視界の端にとらえた後、タウラスも立ち去りながら呟きます。
「俺は………立派に神サマやっていたと思うよ」


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 とても天気が良く、気持ちが良い日なのに、何故か天界に流れているのは重い空気。
いつも元気印のレオでさえ、尻尾を垂れていて、何だかしょんぼりとしています。
サジタリウスも珍しく隠れておらず、ちょっと居心地が悪そうな顔。
キャンサーとライブラは、どうしたら良いのかわからず、互いの顔を見合うばかり。
パイシーズとヴァーゴ、それからアリエスは、一点をじっと見つめています。
その視線の先には、神サマの椅子の前に跪く、色素の薄い黄緑色の髪と瞳をした男。
柔らかくて軽い、白いローブに身を包み、ただただ椅子に向かって頭を下げています。
ココは天界ですが、彼は、ガーディアンではありません。
そして、神サマでもありません。
ジェミニが彼の両側に立ち、何事かを話し掛けます。
その度に男は、静かに頷くのです。
「ええ、わかっています。本来ならば私など、ココにいるべき存在ではない事を」
そう言いながら、やっと頭を上げて、そっと椅子に触れました。
「けれど、これが彼の望んだ事なのです」
静かですが、強い意志を含んだ声で言います。
するとジェミニは、軽く首を横に振りました。
「その通りだ。不本意だが、我々としても従わないわけにはいかない」
「神の命令は、私たちにとって絶対です」
その言葉を聞いて、男は苦笑いをジェミニに向けました。
「良いのですよ。これからは、そのような事は」
しかしジェミニは、真っ直ぐに前を見ながら応えます。
「我々は、神に仕える為に創られたのだから」
「貴方が、全ての行動に責任を持てるように」
男は、目を瞑ってそっと頷きました。
そして、屈み込んで、椅子の横に置かれた大きな箱の中に囁きかけます。
「私を、見守っていて下さい」
その中には、一部が別の色に染まった短い緋色の髪の、左耳に長いピアスをしている男が横になっていました。
ただ眠っているように見えますが、その顔に生気は無く、微動だにしません。
たくさんの花が詰められたその箱は棺。
その役を終えた神サマが、永遠に眠る為の棺。
男は立ち上がると、ゆっくりと椅子に腰を下ろしました。
すると、天上からキラキラと光が降り注ぎ、男を包んでいきます。
その場にいた全員が、その様子を見守りました。
やがて光が止み、眩しさに伏せていた顔を上げた時、男の額には不思議な模様。
ジェミニが一礼し、小さな声で呼び掛けました。
「貴方は我々がお護り致します――神よ」


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 長い緋色の髪を無造作に後ろで編んだ男が、天蝎宮の裏庭に立っていました。
ココは、彼が守るべき宮、そして彼はガーディアン。
神サマを守るべき者の一人です。 そこに、体が大きなオリーブグリーンの髪をした男がやって来ました。
彼もまたガーディアン。
先程、殆どのガーディアンが集まっていた神の間で、姿が見えなかった二人です。
「スコーピオ」
後から来た男――タウラスが声を掛けても、スコーピオは決して振り向きませんでした。
タウラスに背中を向けたまま、とても不機嫌そうな声で応えます。
「うるさい」
いつもならココでタウラスが怒るのですが、今日は少し様子が違うようです。
黙って、スコーピオの次の言葉を待ちます。
タウラスが何も言わないので、スコーピオはそのまま続けました。
「貴様は昔からそうだ。俺に構うな」
そう言った後、さらりとスコーピオの髪が前に落ちました。
俯いて、小さな声で言います。
「一人が、良い」


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 何度喧嘩をしても、力ではタウラスにかないません。
それは仕方が無いのです。
スコーピオは、槍を扱う技術や戦術を練るのが得意とするように創られました。
そしてタウラスは、力が強く、そして体が大きくなるように創られたのですから。
戦術も何もあったものではない子供の喧嘩では、タウラスにかなうはずが無いのです。
だからいつも、スコーピオはタウラスに勝てません。
『仕方が無い』なんて、そんな言葉じゃ片付ける事なんて到底出来るはずも無く。
負けたのが悔しくて、一人、宮の裏庭に立っていました。
喧嘩の後は必ずココへ来ます。
「スコーピオ」
そんな所へ響くのが、耳慣れた優しい声。
ココに立っていると、いつも聞こえてくる声です。
振り返らなくても、誰なのかはすぐにわかりました。
「…何の用だ。お前の顔なんて見たくない」
本当は、そんな喋り方をしてはいけない相手なのですが、スコーピオはお構いなし。
けれど、声の主も、あまりそういう事は気にしないタイプのようです。
少し苦笑はしましたが、怒ったりせずに、後ろからスコーピオの頭をポンポンと撫でました。
「用っていうか…うん」
しまった、理由を考えてなかった…という顔を浮かべてちょっと悩んでから、こう言います。
「お前もタウラスも、随分大きくなったなぁと思って」
何を言われても、無視をしてやろうと、そう思っていました。
でも『タウラス』という名前に反応してスコーピオは振り返り、大きな声を出します。
「アイツの話はするな!」
しかしそれには構わず、声の主はニッコリ笑いました。
「よーし、こっちを向いたな」
言われて気付いて、スコーピオはハッとします。
けれど、もう一度向こうを向くのも馬鹿馬鹿しいので、そのままムッとしていました。
ちょっと気まずいので、顔は上げられません。
そんなスコーピオの髪を一房軽く握り、サラサラと指から流してみる声の主。
長い髪ですが、絡む事無く背中に掛かっていきます。
それを見て、先程よりもさらに優しく話し掛けてきました。
「綺麗な髪だから伸ばすのは良いが、邪魔だろう。編むってのはどうだ?きっと似合うぞ」
戦う時なんか特になぁ…と言う声の主に、チラリと目を向けた時飛び込んで来る優しい視線。
首を傾げる仕草をする度に揺れ、日の光を反射するピアス。
自分と同じ色。
しかし必ず何処か一ヶ所は、違う色で染め上げられている髪。

――嫌いだ。

近付いてくると、鬱陶しいと思うのに、傍にいてくれると心の何処かで安心するその存在。
彼に『創られた』から。
多分、そんな理由だけではなく、自分に対する態度が、雰囲気が、彼の周りの空気全てが。

――嫌いなんだ。

 そう、思ってるはずなのに。


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 額のバンダナの下から覗く模様は、神である証。
向けられた笑顔と優しい声が、頭の中にグルグルと廻ります。
「スコーピオ」
また、名前を呼ぶ声が聞こえました。いつもと同じ優しい声。
でも、スコーピオは知っています。
「――構うなと、言っただろう」
いつものこの場所で、今、背中の方から聞こえてくるこの声が、神サマのものではない事を。
ゆっくりと、視界が少し歪んでくるのがわかりました。
神サマの声で、あるはずが無いのです。
その理由は、嫌と言うほどわかっているのです。
それでもスコーピオは、必死に声を搾り出します。
「お前の声は」
スゥッと一筋、頬に伝う涙。
詰まる声と、痛む胸。
「あまりに似過ぎているんだ――」
もう二度と聞けないはずの、その声に。
わかっていても、耳に入るとハッとして、すぐに現実を思い出して胸が痛くなって。
どうしたら良いのか、わからなくて。
震える肩を静かにみつめながら、タウラスは言いました。
「…知ってる」
そして、ゆっくりとスコーピオに近付いて、トン、と背中を合わせます。
「それから」
タウラスは目を伏せて、優しい声で言いました。
「こういう時、お前を一人にしちゃいけないのも、知ってる」
その声が本当に優しくて、スコーピオの目から涙が一気に溢れます。
いつもと同じ、あの声。


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  俺が喧嘩に負けたときにいつも、必ず来るんだ。
  絶対に、優しく笑ってて。
  色々な工夫をして、俺の機嫌を取りながら傍にいる。

「嫌だったんだ。それが嫌いだったんだ」
放っておいて欲しいのに、しつこいくらいに傍にいた貴方が嫌いだ、と。
スコーピオは、ずっとずっとそう思っていました。
いえ、そう思おうとしていたのかもしれません。
自分が、その優しさに甘え過ぎてしまわないように。
タウラスに負ける事に、慣れてしまわないように。
グッと拳を握り締めます。
「本当に――」

優しく名を呼ぶ声も、貴方自身も。

「嫌いだったんだ――」

  違う。
  違うんだ本当は。
  素直になれないまま、貴方を失う事になるなんて。

どうして。

「無理すんなよ、スコーピオ」
辺りに響くその声が、廻って…廻って…。
ああ、何故負ける事に慣れてはいけないのか、その理由に気付いた時のがこんな時なんて。
負ける事に慣れる事は、貴方を護れないという事だから。
慣れてはいけないのだ、絶対に。

  どうして、気付けなかったのだろう。
  いや、気付けないフリをしていたのだろう。
  こんなにも――大切…と。

 背中から伝わる震えに誘われるように、ふと気が緩んだようでした。
一粒、また一粒と、タウラスの目からもこぼれる涙。
大きな背中が自分と同じように震え出した事に、そして彼もまた泣いている事にスコーピオは気付きました。
彼は、自分が泣きたいのを我慢して、スコーピオの様子を見に来ていたのです。
神サマが昔から、そうしていた事を知っていたから。
何かあった時、スコーピオは必ず一人になりがたるけれど、本当は一人にしてはいけない、と。
代わりにはなれないけれど、代わりに一番近い存在なのは自分だから、と。
神サマはいつも言っていました。
二人と神サマは、創られた時からずっとずっと、一緒にいたのですから。
いがみ合ってはいるけれど、タウラスは基本的にお人好しで、スコーピオの事を気遣っているのです。
――馬鹿な奴…。
いつもは何となくイラつくそんな優しさですが、今は、不思議と安らぐ気がしました。
スコーピオも、タウラスの事をけなしながら、自分で気付かないうちに信頼しているのです。
振り返るのは嫌だったので、タウラスの背中を、頭で軽く突付いて言いました。
「…泣くな。みっともないぞ」
性格上、優しい言葉は掛けらず、それが精一杯でした。
でも、タウラスは、そんな事くらいわかっています。
右手で顔を覆い、涙を抑えながら上を向いて応えます。
「…お互い様だ」


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 多分二人は明日からまたいつも通り。
事ある事にぶつかって、喧嘩をしてしまうのでしょう。
それでも、棺の中の神サマは知ってるから。
本当は二人が、とても解り合っているのだと知っているから。
とても安らかな顔で、眠っていられるのです。




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