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薄暗い部屋で、二人の男が何かを話していた。
背中からは、大きな白い翼が生えている。
「――何…だって?コード000が脱走した?」
奥にいる男の声が少し大きくなった。
それを聞いて、もう一人のドア側にいた男がビクリと肩を震わせる。
「も、申し訳ありません!ただちに捜索部隊の方を手配させて…」
慌ててそう言うが、奥の男はあっさりと言った。
「いや、いい」
「は?」
思いがけない言葉に、思わず間抜けな反応をしてしまう。
が、それを気に掛ける事無く奥の男は続けた。
「今のところ捜索は不要だ。時が来れば指示を出す。それまで一切奴には関わるな」
少し、強い口調になる。
ドア側の男は、奥の男に何か考えがあるらしいことを悟った。
「…了解致しました。失礼します」
バタン…
静かな音を立てて、ドア側にいた男がその部屋から出て行くと、奥にいた男は窓辺で薄笑みを浮かべた。
「ふふ…面白い。逆らいたくなったのか?すぐに見つけ出してやるさ…。」

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「詩哉(しいや)、ただいま〜」
髪を頭の高い位置で二つに結んだ少女が、梯子を降りてきた。
服装も表情も、いかにも活発そうだ。
それを、金髪紅眼の少年、詩哉が迎える。
「お帰り蘭架(らんか)。どうだった?」
少女――蘭架は、不満そうに首を思いっきり横に振った。
「全っ然ダメ。手がかりもないよ〜」
その言葉に、詩哉は残念そうな顔をする。
「そうか…。まあ仕方ないな。今日はもう休め。疲れただろう?」
すると蘭架は、素直に頷く。
「うん、そうするよ」
微笑を詩哉に向けた後、四角い石に布を掛けて、その上に毛布を置いただけのベッドに潜り込む。
「明日は俺が探してきてやるから。――おやすみ」
「おやすみ〜」
蘭架が毛布に包るのを確認すると、詩哉はふと思案顔になった。
『…やっぱり、あそこにあるんだろうか…』

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次の日の朝。
まだちょっと寝ぼけていた蘭架は、詩哉の言葉を聞いて、驚愕する。
「ええ〜〜!?翼佐軍の所へ行くの!?」
そのあまりの驚きように、詩哉の口調がちょっと躊躇いがちになる。
まさか、ココまで驚かれるとは思ってもみなかったのだ。
「所っていうか…とりあえず、今日はその周辺にな」
蘭架が昨日の夜のように首を横に振った。
それはもう、思いっきり。
「危ないよ。だってあそこには…」
その言葉を遮って、詩哉が言う。
「有翼人なんて関係ないさ。あいつらが作った機械兵もな」
けれど蘭架は諭すように言う。
「あんまり警備兵をなめない方が良いよ?この前話したでしょ?
アタシ、もう少しで殺されちゃうトコだったんだから」
詩哉は、ちょっと訝しんだ顔をして首をひねった。
「…有翼人が助けてくれたって話か?」
「そうそう。10歳くらいの男の子だったけど…」
眉をひそめたまま詩哉は言った。
「有翼人は思い通りに姿を変えられるんだろう?だったら分からないじゃないか。
油断させて、お前に何かしようとしたのかもしれない」
「…そうなのかなぁ…」
蘭架は何か考える風な仕草をする。
そんな蘭架を、詩哉は真っ直ぐに見た。
「俺の記憶はお前に助けられてからのものしかないから、アイツらのことはよく分からないけど…。
お前の家族を殺したって言う有翼人共のことなんて信じられない」
「詩哉…。でもね、あの子は本当に…」
尚も有翼人の少年を庇おうとする蘭架を見て、詩哉は頷いた。
「蘭架がそういうなら…そいつだけは信じてやるよ。だから悲しそうな顔するな」
蘭架は、『悲しそうな顔をした覚えはないのだけれど』と思ったが、口には出さなかった。
「うん。詩哉は優しいね」
「優しい…?そうなのか?よく分からないけど…。それじゃ、行ってくる」
立ち上がる詩哉に、蘭架は静かに手を振った。
「気をつけてね」

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この辺りはもともと、たくさんの人間が住んでいた。
それなりに文明も発達しており、栄えていた。
けれど、一年半程前に有翼人たちからの突然の襲撃。
優れた科学力を持った彼らの前に、人間たちはあまりに無力で。
あっという間に周辺一体が廃墟と化してしまったのだ。
辺りには瓦礫が散らばり、所々に簡素な墓が立っている。
そこに参りに来る人影を見かける事はなかったが。

その襲撃のしばらく後、詩哉と蘭架は出会った。
町の入り口付近に詩哉が倒れているのを見つけ、蘭架が助けたのだ。
意識が戻った時に彼の記憶はなく、彼が何者なのかはいまだに分かっていない。
しかし、蘭架は臆する事もなく詩哉と親しく接し、また、詩哉も蘭架を全面的に信頼するようになった。
今二人は、蘭架が探し求める『あるモノ』の為に、この危険な廃墟の地下で暮らしている。
彼女曰く「絶対この辺にあるはずなんだから。見つけるまでは死ねないんだ」ということだが…。
出会ってから一年。
今もその手がかりの欠片すらも見つかっていない。
まだ探していない場所といえばただ一つ、とても危険な…。

+++++

詩哉は、いつも悩んでいる。
『どうして俺には記憶がないんだろう。
一年前、蘭架に助けられて…、それから後の記憶しかないなんて…。
それまで俺は何処で何を…?』
蘭架は、『何も知らなくて大丈夫。アタシ、詩哉に会えて良かったよ』と言ってくれる。
けれど、やはり気になるのだ。
どんな時でも心の何処かに引っ掛かっている。
自分は果たして、何者なのか。
その時。
カタ…
後ろで、小さな物音がした。
「誰だ!?」
詩哉が振り返ると、そこには大きな翼を持った少年が立っていた。
「お前は…」
その姿に、思わず身構えた。
しかし少年は、そんな詩哉に微笑みかけながら言った。
「…やあ、詩哉。この場合、はじめましての方が良いのかな?」
それを聞いて少し肩の力を抜く。
「俺の名前を…?お前が蘭架の話していた有翼人か?」
「そう。名前は翠紀。…聞き覚えはない?」
詩哉は、おかしな事を訊くと思った。
「別に蘭架はお前の名前までは言ってなかった」
すると翠紀は、少し残念そうな顔をした。
「一年以上前に…いや、やめておこう。きっと記憶の中枢が混乱しているのだろう」
「…?」
翠紀は、後ろを指差す。
「この先は翼佐軍。君が敵だと思い込んでいる有翼人たちの溜まり場だ」
翠紀の言い回しに、詩哉は眉を寄せた。
「…思い込んでいる…?」
「そこへ行くということは、どういうことか分かってる?」
「危険なのは分かってる。でも、蘭架が探してるモノは、きっとあそこにあるんだ」
真剣に答える詩哉だったが、翠紀は軽く首を横に振った。
「ないと思うよ」
詩哉は、何だか嫌な予感がしてきた。
この少年は…。
「…蘭架はお前に何を探しているのか言ったのか?」
苦笑しながら翠紀は今度ははっきりと首を横に振った。
「あの子の口から聞いた訳じゃない。でも知っているんだ。最初から、全部」
「最初から…?」
懸命に少年の表情から心を探ろうとするが、読めない。
「まぁ良い。詩哉、今の様子からすると、君は本当に全てを忘れてしまってるんだね?」
「蘭架は、俺の記憶の事を話したのか…?」
この有翼人をそこまで信頼してるのか?と、詩哉は疑問に思う。
命を救われたからといって、そこまで話す必要はないはずだ。
困惑した表情を浮かべる詩哉に、翠紀は諦めたように言った。
「それじゃあ驚かないで聞いてくれ、詩哉。君は、我々の仲間なんだ」
「!?」

一瞬の沈黙を置いて、翠紀は淡々と語る。
「一年程前、我々の手落ちと君の意志で、君は軍を脱走する事に成功した」
「何を言って…」
「開発コードは000。――そう、君は人間ではないんだ」
『人間ではない』
その言葉が、体に染み込んでいくような気がした。
「嘘だ!」
「嘘なんかじゃない。君は、我々有翼人が創り出した、人間型の戦闘…」
「黙れ!誰がそんなくだらない話を信じるか!!」
詩哉が激昂する。
――一年程前?俺の記憶が始まる時?
信じない、信じられないと思いながらも、頭の中でグルグルと巡る翠紀の言葉と思い出せない記憶。
「じゃあ、おとなしく戻ってくる気はないんだね?」
「あ、当たり前だ!」
「そうか…」
翠紀は溜息混じりにそういうと、すっと右手を上げた。
すると、ガチャガチャという機械音と共に、機械兵が数体現れた。
「…!!」
「こういう予定通りというのはあまり嬉しいものではないな。
――君がすぐに戻ってきてくれるなんて思ってなかったさ」
「機械兵を呼ぶなんて卑怯だぞ!」
「…詩哉、こういう状況になってもまだ分からない…?」
「何がだ!」
「この兵たちは…」
その時、詩哉と翠紀の視界の端に、誰かの人影が映った。
「詩哉!」
「蘭架、危ない!こっちへ来るな!!」
詩哉のその言葉と光が、同時に蘭架の元に届いた。
機械兵のレーザー光線だ。
蘭架の体は少し宙に浮いた後、乾いた音と共に地面に落ちた。
「蘭架!」
詩哉は、慌てて蘭架の元に駆け寄り抱き起こす。
「蘭架!どうしてココへ来たんだ?蘭架!?」
しかし、蘭架は何の反応も示さない。
「――無理だ。もうその子は助からない」
翠紀の冷たい言葉が辺りに響く。
「お前…よくも蘭架を…!!」
憤る詩哉を制しながら、翠紀は冷静に話す。
「…その子には悪いコトをしてしまった。けれど、コレで分かっただろう?
その子が飛び出してきた時のこの兵たちの反応の速さ…。
この兵たちは『人間』に反応して攻撃をするんだ。
もちろん有翼人の命令があれば…」
「関係ない!人間とか機械とかそんなこと関係ない!!どうして…どうして蘭架を殺したんだ!!」
「…」
返す言葉もないのか、翠紀は黙って詩哉の言葉を聞いている。
機械兵も、先程蘭架を撃ち抜いた時の状態で動きを止めていた。
「蘭架は…記憶がない俺の全てだったのに!どうして殺されなくちゃならないんだ!?」
詩哉の体が徐々に紅く光ってきた。
その様子を見た途端、翠紀の顔色が変わった。
「――まずい!このままだと暴走する!!動力回路を切断するんだ!!」
初めて慌てた声を出して、翠紀が兵たちに命令を下す。
兵たちの武器が一斉に詩哉を狙った。
「蘭架ぁぁっ!!」
カッ
周辺が全て紅く染まる直前、短い音を立てて蘭架に届いたものと同じ光が詩哉の体を貫いた。
…ガタッ
無機質な音を立てて、詩哉の体が地面に叩きつけられる。
やはり彼は…。

詩哉の暴走が止まった事を確認して、翠紀は息を吐いた。
「…やったか」
今度は落ち着いた声で命令を出す。
その姿は、先程までの少年の姿ではなく、一年前あの薄暗い部屋の奥にいた男の姿だった。
「お前たちは帰れ」
言われた通り、機械兵たちはゆっくりと去っていく。
それを見届けると、翠紀は詩哉と蘭架が倒れている所に近付いた。
「やはり面白半分に”感情”のプログラムを完全に入れたのが間違いだったか…」
言って、自嘲気味に笑う。
「蘭…架…。ら…ん……ラ…ン…カ…」
ジジ… ジジジ…
意識があるのかないのか、詩哉は蘭架の方に手を伸ばしながら名前を呼び続けている。
壊れかけた機械の音を出しながら。
「…すまなかったな、詩哉。しかし私はお前を失いたくなかった。…おい、蘭架」
「はい、翠紀様」
翠紀が声をかけると、驚いた事に蘭架が起き上がった。
その胸には大きな穴があいている。
「大役、ご苦労だった。人間のふりも疲れただろう。修復も兼ねてしばらく休むと良い。
軍にはもう連絡が届いているはずだから、先に帰っていろ。詩哉は私が…」
蘭架はそこで翠紀の言葉を遮ってはっきりと言った。
「いえ、私が運びます」
「…そうか。しかし、こんなにも予定通りに事が進むとは思わなかったな。
戻ったら詩哉から例のプログラムをすぐに取り出そう」
それを聞いて、蘭架は小さな声で尋ねた。
「…あの…、詩哉から完全に感情を取り除いてしまうのですか?」
「いや…お前と同じくらいには…何故だ?」
「いえ…」
そのまま元のように優しい詩哉でいて欲しいのですが。
そんな事は言えず、蘭架は黙って詩哉を抱き上げた。

ジジ… ジ…
「ラ…ン………カ…」
「アタシが探していた『人間型戦闘兵器』って言うのは、君の事だったんだよ」
詩哉にだけ聞こえるように、蘭架はそっと囁く。
「ホントはずっとずっと傍にいたのにね。アタシは分かってたのに騙してたんだよね」
悲しい、痛いといった感情がないはずの蘭架の瞳から涙が溢れた。
「ごめんね、詩哉」

 

 

それでも詩哉は、いつまでもいつまでも蘭架の名前を呼び続けていた。
「ラ…ンカ……ラ……ン……カ…」

 

 

 

-了-

 

 

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