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何を望んでいたかと問えば、答えは簡単だった。
多分『力』。
どんな形でも良い。
物理的な力であれ知力であれ。
誰にも負けることの無い、そんな力が欲しかった。
恐らくは、誇る事ができるものが欲しかったのだろうと今は思う。
だから、周りが見えなかった。
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「翼が欲しくありませんか?」
活気溢れるレンガ造りの町の中、一人暗く歩を進める私に声を掛けてきた男。
何の職業なのか、妙に派手な赤いコート。
長く、ツヤのないくすんだ灰色の髪。
それで右目を隠していて、全く瞳が見えない。
見えていた左目は穏やかに笑っている。
親しげに差し出された右手の爪は、全て違う色に染まっていた。
「………翼?」
一体何の事かと首を傾げ、また歩き出そうとする私。
一瞬足を止めたものの、そんな姿の人間とあまり時間をともにしたくなかったからだ。
しかし、男は私の何が気に入ったのか、ゆっくり、けれど確実に私の後をついてきた。
「いい加減に、してくれませんか?」
しばらく歩いた後、ついに私は振り返った。
いかにもいらついた表情をしていたと思う。
けれど男は先程となんら変わらぬ態度で私にもう一度言った。
「翼が欲しくありませんか?」
どうしても離れてくれそうに無いので、私は男の話を聞くだけは聞いてやる事にした。
「それで?翼が欲しくないかとは、どういうことなんです?」
胡散臭い宗教か何かの比喩表現なのだろうと私は思っていた。
だからこういう訊き方をしてみたのだが。
「貴方の背中に翼をつけないか、という事ですよ」
返ってきた言葉は、気が抜けてしまうようなものだった。
私は思わず笑ってしまった。
「何です?作り物の翼でも背負ってみろと?私はそんな事を望んだ事は無いですが」
ところが男は首を軽く首を横に振った。
「ええ、作り物は作り物ですが、本当に貴方の翼になるんですよ」
彼は、隣国の王宮研究員だというのだ。
その証もしっかりと身に付けていた。
そして、現在王の密命で、とある研究をしているのだという。
「その研究が、人間に翼をつけるというものというわけですか?」
「ええ」
言いながらコートのポケットから白い羽根を取り出した。
「鳥の羽根ではありませんよ。私達の研究の成果です」
なるほど、柔らかく軽いそれは、鳥の羽根と見間違うほどの出来だ。
「しかし、何故それを翼の形にして人間に?」
「そこなのですが」
訊いて欲しかった、と言わんばかりに男は乗り出してきた。
「我々人間には自分でも気付かない秘められた能力がたくさんあるのです」
今度は、内ポケットから小さな本が出てきた。
「この国では認められていないようですが、魔法などもその良い例ですね」
この星には魔法が存在するが、その存在や使用を許可しているかどうかは国によって違う。
私の国では、その存在自体を認めていなかった。
「この国で生まれ育ったのでしたらご存じないかもしれませんが、魔法は魔法自身が使う者を選びます」
パラパラとその本をめくって見せる。
そこには、見た事も無い文字が並んでいた。
「魔力を持っている人は、自然とコレが読めるそうですよ。如何です?」
そう言って渡されたが、私には全く読めなかった。
私の様子を見てそれを悟ったのだろう。
男は再び本を懐にしまった。
「読めないようですね。つまり、貴方に魔力が無いという事になります。ところが」
ここで、男は人差し指を立てた。
「貴方には、魔力以外の何か特殊な能力が眠っているかもしれない」
「特殊な能力…?」
私は、知らずその部分だけを反芻していた。
それはまさに、求めていたもの。
「それを引き出すのが私達の研究なのです」
…つまり。
特殊な能力を秘めた可能性がある体に翼をつける。
今まで無かった物が体に生えるという刺激により、その能力を引き出そうという単純な事なのだ。
なるほど、理屈はわからないでもないが、果たしてそう簡単にいくものだろうか。
「一見ただの羽根のようですが、これはなかなか複雑な作りをしているのですよ」
そして、その仕組みを簡単に説明してくれたが、私にはよく理解が出来なかった。
まあ、こんな一般人に理解できるような仕組みならば、王の密命で作らせるような事もなかろうが。
「それで、貴方に栄えある初めての『有翼人(つばさあるもの)』になって頂きたいと」
「何故、私を?」
恐らく、この説明をすれば、男の国にもその実験を受けたいという志願者は無数にいるだろうに。
「先程申し上げた通り、王の密命です。我が国の国民では、その秘密が漏洩する可能性が高い
」
少し、右目を押さえた後に男は続けた。
「何より私の目が言っていた。貴方なら最適だ…と」
最適。
それが褒め言葉のか否かはわからない。
けれど、力の欲しかった私には、否定する理由が無かった。
「…わかりました。私などで良ければ。最後にもう1つ、訊いても良いですか?」
「ええ、どんなことでも」
話を聞いた時から、ずっと疑問に思っていた事。
「どうして、『翼』を選んだのですか?」
刺激を与えるだけなら、他にも何かあったはずだ。
もっと、目立たないようなものでも良い。
すると男は、何とも言えない笑みを浮かべて言った。
「人間の体に新たに何か部品が加わる事を考えた時、一番自然で美しかったからですよ」
私に生えるかもしれない翼も、本当に自然で美しいのだろうか?
+++++
「それでは上着を脱いでココに横になって下さい」
男の研究室は、国境のすぐ傍だった。
この国と隣国の狭間。
こんな所にこんな建物があったなんて全く知らなかった。
地下室に通された私は、その人気の無さに不安を感じたが、男は安心させるように言った。
「大丈夫。私はこの研究の責任者で、殆ど一人で全てをこなしているのです」
たまに、国から補助人員が数名程来る事もあるが、と。
そして部屋の真ん中に置かれたベッドを指して言ったのが最初の言葉。
周りは、見た事も無い装置だらけだった。
男は私に指示した後、その装置のスイッチを色々といじっている。
その様子を見て、私は少し怖くなってきた。
そう、自分の背中に翼が生えてしまうような実験の時に、この男が一人で。
こんなにも大掛かりな機械を操作して。
男がベッドの左横にある緑のスイッチを入れると、ベッドの上にある四角い装置が降りてきた。
「さあ、準備は出来ました」
もう、逃げる事は出来ないのだろう。
ココで逃げて、手に入れられるかもしれない力をみすみす逃がして後悔するのも許しがたい。
観念して、私はベッドの上に横になった。
頭の上の方にある大きな円柱型の水槽のような物の中で、何かがゴボゴボと動いている音が聞こえる。
天井は、細い物、太い物、無数のコードで埋まっている。
全て、このベッドの周りの機械に繋がっているのだろうか?
あんなにもたくさんの物が作用して、私は生きていられるのだろうか?
「ああ、翼が生える瞬間の邪魔になるでしょうから、うつ伏せの方が良いですね」
言われて私は素直に体を返す。
カチャリ。
腕と足を固定される。
頭にも、何かを取り付けられた。
もう一度思った。
逃げる事は、出来ないのだ。
「それでは、実験を開始しますよ」
光が辺りを包んで、私は意識を失った。
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ゴボゴボ…
……この音は確か、ベッドに横になった時に聞こえた音。
あの時よりも近く聞こえる気がするが。
コレが聞こえるという事は、少なくとも私は生きているという事だろうか。
体は、なんだか妙に軽い。
けれど、動かす事は出来ない。
何故だろう…。
疑問に思いながら、ゆっくりと目を開けた。
目の前にはベッド。
周りには装置。
意識を失う前に見た景色…だけれど、何かが違う。
そうだ、見ている位置が違う。
どうして、こんなに高い位置から見ているのだろう。
どうして、目の前を泡が流れていくのだろう。
ベッドの横に立った男の姿を視界に捉えて、ようやく私は気がついた。
私は、あの水槽の中にいるのだ。
「お目覚めですか」
男が話し掛けてくる。
水と水槽のせいなのか、くぐもった声。
だが、当然私は返事をできない。
「実験は成功です。今の所は、ね」
そう言って何か操作すると、水槽の水が無くなっていった。
体が、突然重くなる。
目の前のガラスが開き、男の声がはっきりと聞こえてきた。
「如何です?」
顔と髪の毛についた水を払いながら、私はボンヤリと答える。
「いや…」
何が変わったのかすらもわからない。
そう言おうとしたのだが。
「……っ!」
背中に違和感を感じて力を入れると、重い重い翼が動いた。
それは、自分でも目で見えるくらいに大きい。
「コレが…翼……」
どうやって動かしているか、自分ではわからない。
それくらい自然に動かす事が出来た。
本当に私の体から生えているのだ。
「信じられない…」
「さて、本当の実験はココからですよ」
男は、薄笑みを浮かべた。
「うわああああぁぁぁああっっあああっ……!!」
全身を貫かれるような衝撃が走る。
あらん限りの声を出して苦しむ私を、男は冷ややかな目で見ていた。
「コレでも駄目ですか?」
男が右手の傍にあったボタンを押すと、今度は酷い圧迫感に襲われる。
すぐにでも、押し潰されてしまいそうだった。
「…かは…っ。も、もう…やめ…」
翼の生えた私を、男は隣の部屋に移した。
そして、また水槽のような、けれど今度は水の無い所に入るように命じた。
翼は生えた。
けれど、実験はこれで終わりでないと言いながら。
一体何をするのかと思えば、私に大きな苦痛を与えること、それが実験だと言う。
――冗談じゃない…。
こんな実験をこれ以上続けられたら、命がもつはずが無い。
もう一度、やめてくれと言おうとした時、男の方から実験の終わりを持ちかけた。
「翼は生えましたが、失敗のようですね。もう、終わりにしましょう」
「……?」
全身で粗い息をしながら眉をひそめる私に、男は失望の目を向けた。
「多少丈夫にはなったようですが、私の望んだ力はないようです。やはり、魔力の問題ですか…」
私を外へ出そうともしないで、さっさと背を向けた。
無論私は、声を荒げる。
「どういうことです!?『望んだ力』とは!?」
翼が生えただけで、私は何も変わっていないという事なのか。
すると男は、振り返って酷薄そうに笑い、先程までとは違う口調で言った。
「私が望んでいるのは、この宇宙を手にする力だよ」
そして壁にあったスイッチを押すと、私の世界は暗転した。
+++++
気がつくと私は、見たこともない場所に倒れていた。
顔をつけていたのは、レンガではなくざらざらとしている見たこともない硬い地面。
起き上がると見えるのは、地面と同じような材質の高い建物。
太陽も、雲も風もある。
植物は、殆ど見当たらないが、人間の姿は所々に見える。
ココは一体、何処なのだろう。
仕方が無いので、私はとりあえず立ち上がって歩く事にした。
その時目に入った自分の影を見て思う。
ああ、あれは夢ではなかった。
背中に生えた大きな翼。
それが作り出す大きな影に私は溜息をついた。
そんな私を、ふと通り過ぎる人が奇異な目で見ていく。
無理もない。
けれど、私は特に気にする事無く歩いた。
歩きながら辺りを見回す。
何かの店のような建物を見つけたが、そこに売られているものが何なのか全くわからなかった。
それどころか、書いてある文字――多分値札なのだろうが――すらも読む事が出来なかった。
私は思わず、店の主人らしき男に声をかけた。
「何て書いてあるんですか?」
ところが、その男は理解できない言葉を言って、首を振った。
――これは…。
私は頭を下げて走り出した。
言葉が通じない。
文字も読めない。
何処か、知らない国に飛ばされてしまったのだろうか。
けれど、言葉が通じない国なんて聞いたこともない。
私は街と思われる建物だらけの場所から逃げ出すように離れ、ようやく見つけた木陰に座った。
何度考えてもわからない。
ここは、何処だ?
その疑問は、夜になって初めて解けた。
「月が……2つある……」
今まで私が見てきた夜は、空は、月は1つだけだった。
あの時の、あの男の表情が目に浮かぶ。
望んだ結果をもたらせなかった私。
私があの星にいては、実験が知れ渡ってしまうから。
だから、知らない国どころか、知らない星に飛ばされてしまったというのか。
私は。
力を欲したが為に、このような運命が訪れた。
+++++
言葉も何もわからないこの土地で、私は命果てるとでも思ったか?
+++++
「翠紀様。コード000の開発準備が整いました」
「わかった。すぐに向かう」
キィィ…
小さな音を立てる椅子を回転させて私は言った。
「ようやく『心』もできたからな」
そして、机の上のケースから、透明な球体を取り出した。
すると目の前にいる、白い翼を持った男がにこりと笑いながらドアの外に出た。
「翠紀様に、不可能はありませんよ」
窓の外を見れば、崩れ落ちた街。
私が初めて見た時からは想像もつかない。
立ち上がりドアを開けると、先程の男がそこに控えていた。
「では、参りましょう」
先に進む男の背中を、私は見るともなく見ていた。
この男の背中にも、翼があるのだ。
それは、私がこの男につけた翼。
ゴボゴボと懐かしい音がする。
けれど、そこに大きな水槽は無く、かわりに小さな水槽が沢山並んでいた。
他にも多数のモニターや、それに付属するコントロールパネルなど。
そして、あの日にも見たような無数のコード。
それらの中心にあるのは、大きな卵型のケース。
上部に付いた丸い小窓から、内部がよく見える。
眠っているような少年の姿。
私はそれを確認し、ケースの側面にある扉を開け、先程の球体をその少年の胸部に取り付けた。
どくん…という音が聞こえたような気がする。
「さあ目覚めろ、000…いや………詩哉」
その声に答えるように、少年はゆっくりと覚醒していく。
それと同時に、その体についたコードが1つ、また1つと外れていく。
完全に目を開いた後、彼は私を見て言うのだ。
「…………俺は………?」
頭を押さえて首を振る。
…ただの機械には有り得ない反応。
大成功だ。
「お前は、詩哉。そして私は翠紀。お前の父親だよ」
「父…さん。そうか、父さんか。ゴメン、俺ちょっと寝惚けてた」
照れ臭そうに笑う詩哉に、私も笑顔を向けた。
――そうだ、お前は私の大切な………。
+++++
通じない言葉、伝わらない思い。
それに加えてこの翼。
この世界の人々が、私を受け入れてくれる事はなかった。
もうこのまま私の命は尽きるのだろうと思っていた。
しかし…。
「――――――」
たった1人、私に声を掛けてきた男がいた。
…何を、言っているのかはわからなかったが、どうやら私の翼について何か言っているらしい。
私の翼に優しく触れては、私の方に懸命に語りかけてくる。
自分の胸を叩き、大きく手を広げて頷いてみたりしている。
私も、翼が、欲しい。
そう、言っているように見えなくもない。
私が首を傾げたままなのを見ると、手を引いて歩き出した。
つれて行かれたのは、恐らくその男の家。
私を椅子に座らせて、食事を振舞ってくれた。
そして前に座り、じっと翼を見ていた。
「ありがとう」
空になった皿を少し前に動かし、ぺこりと頭を下げた。
男は頷いてさっさと皿を片付け、また前に座った。
私を指差し、そして今度は机を叩きニッコリと笑う。
それを繰り返した。
どうやら、ここで暮らしても構わないと言ってくれているようだ。
私は思いがけない幸運と、この男に感謝した。
男は、私に言葉を教えてくれた。
一つ一つの物の名前、言い回し。
そして私は、それを自分でも恐ろしいと思うほどのスピードで吸収し、すぐに普通に話せるようになった。
「…ありがとう。君がいなかったら私は今頃とっくに死んでいただろうな」
そう言った時、男は笑っていた。
「そういえば、初めて会った時のあの仕草。あれは一体…?」
ずっと疑問に思っていた事を尋ねると、男はすぐに答えた。
「その美しい翼は生まれた時からのものですか?と」
私は苦笑しながら首を横に振った。
「これは、私が望んでつけたものだ」
嘘では無かった。
結果はどうあれ、確かにこれは私が望んだものなのだ。
すると彼は言った。
「私にもその翼をつけられるでしょうか」
「…何故?」
「……とても美しいからですよ」
+++++
…翼は、私に永遠に近い命と、膨大な知力を与えた。
私はそれを利用して、一人の男に翼を与え、ひたすら人間に近しい戦闘兵器を作り出した。
様々な機械をも。
その間、この星の人間たちは勝手に滅んでしまった。
無事に残っているのは今私たちがいる所だけ。
物語を始めようか。
ここは翼佐軍。
世界を滅ぼしたのは、我々だ。
翼を持った人間は、それほどの力を持っている。
ここに、近付いてはいけない。
我々に、逆らってはいけない。
いつか、そういう記憶をインプットされた人間たちを作って世界にばらまこう。
そして、どう生きていくのかを見守ろう。
多分それが、私なりの有意義な生き方。
その記憶以外はただの人間だ。
恐らくいつか、軍に逆らう者も出てくるだろう。
その日の為に、たくさんの警備兵を準備しておこう。
詩哉にも、無数の戦闘技能を仕込んでおく必要がある。
もう一人、少女型の戦闘兵器を作るのも良いかもしれない。
今の私にはそんな事の実現に、何の苦労も無いだろう。
この翼が私に与えたのは、それほどまでの力。
+++++
「私が望んでいるのは、この宇宙を手にする力だよ」
お前は一体、どれほどの力を望んだ……?
+++++
-了-
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