震える心を抑えながら、僕はその扉を開けた。
ココがあの噂に聞く破壊都市なのだろうか。
…暗い世界が広がっていると思っていた。
けれど、それは大きな間違いだったようだ。
たくさんの建物が立ち並び、明るく栄えるそこはまるで。
『楽園』
僕達の世界などよりも美しい。
「君は『表』の世界の人間だな?」
突然声を掛けられて、僕は思わず肩をびくりとさせた。
振り返ればそこには、機械の翼を持った少年が。
体中についたコードやら何やらを除けば、僕となんら変わりない。
「…そうだ…」
嘘をつく理由もなかったので、素直に答える。
もしも話に聞いた通りの種族なら、僕はこの場で殺される。
それでも、何故か嘘をつく気にはなれなかったのだ。
「珍しいな。ココに君のような人間が来るなんて」
抑揚の無い言葉。
けれど、その瞳には何か暖かみがある。
「迷い込んだのか?もしそれならばそれ相応の処置があるのだが」
見た目の割に落ち着いた雰囲気。
それがなんだか心地良い。
「迷い込んだというか…」
「興味本位で入ってきたか」
少し僕の顔が強張った。
それを感じ取ったのか、少年は優しく笑った。
「そういう人間も…たまに、いる」
まるで僕を、安心させるかのように。
「『表』の世界で君達が我々の事を何と言っているか、それくらいは知っているさ」
そして僕に背を向けた。
「真実は、自分の目で確かめてみるが良い」
『破壊都市』
そこには機械の翼をもった種族『マト』が。
人間を甚振り殺す事に快楽を感じる、恐ろしきマト達。
迷い込んだら最期。
二度と青い空を見ることができない闇の世界。
黒い雲の間から紅暗い空が蠢く。
僕は、異世界なんて無いと思っていた。
だから、ずっと探していた。
そしてようやく見つけた異世界への扉。
そこは、闇の世界などではなかった。
「誰が…この世界を『闇』なんて言ったんだ…?」
その呟きは、薄紫の空に吸い込まれた。
…確かに、僕達の世界と違う所はたくさんあるけれど…。
「どうだ。ココは君の想像通りの世界だったか?」
いつのまにか、先ほどの少年が僕の後ろに立っていた。
「…いや…。想像とは、少なくとも伝わっていたものとはだいぶ違っていたよ」
「そうか…」
少年は、穏やかな笑みを見せる。
「でも、それは世界に関してだ。僕はまだ、君達の事が分からない」
そうだ。
今日、僕はこの少年にしか会っていないのだ。
他のマトは一体何処へ行ってしまったのだろう。
すると、その笑みは消え、今度は悲しみが見えた。
僕は、何か悪い事を言ってしまったのだろうか。
少し焦っていると、少年が口を開いた。
「君は、子供だ。何も知らないのも仕方ない」
「?」
その意味を図りかねて首を傾げた僕に、少年は静かに言った。
「さあ、もう帰った方が良い。すぐに君の世界に送り届けてあげるよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
何故そんな事を言うんだ?
そう言おうとした途端、世界は暗転した。
紅い、紅い光が見える。
何処かの星が、崩壊していた。
「…一つ訊きたい。どうしても知りたいだろうか。我々の事を」
辺りに、少年の声が響く。
その暗闇の中で、彼に見えているのかどうかわからなかったが、僕ははっきりと頷いた。
「捻じ曲げられた真実なんていらないから」
闇の中から、少年はゆっくりと姿を現した。
「全てが君のような人間なら、何か違ったのかもしれない」
そう言って少年が右手を上げると、先ほどの星の崩壊の続きが目の前に映し出された。
「あれが、我々の星。遥か昔に消滅した」
そして、僕の左肩に手をかける。
「後は、帰りながら見るといい。ここでお別れだ、少年。最後に名を訊いておこうか」
「僕は瀬(ライ)。…君は?」
「我々はマト。固有の名詞を持たぬ者…」
そこでマトは、くすりと笑った。
「今は、必要も無い」
その言葉の意味はもしかして…。
少年の姿は消え、映像が流れる。
星を追われたマト達は、僕達の星に流れてきた。
僕達の先祖は最初、マト達を快く受け入れた。
しかし、その進んだ文明と闇を操る不思議な力を懼れ始めた。
『もしやマト達は、この世界を略奪しに来たのではなかろうか』
そんな思いが、人々を包んだ。
星を追われるよりも恐ろしい出来事が、マト達を襲った。
人々はマトを恐れるあまり、彼らを狩る事を決意したのだ。
争いを嫌い、逃げ惑うだけのマト達は次々と狩られる。
僕は見た。
その逃げ惑うマト達の中に、あの少年の姿を。
ほぼ全てのマトを狩り終えた人々は、マトの創り出した都市を閉ざした。
そして『破壊都市』として、永遠に別の空間に封印してしまったのだ。
ただ一人残された少年は、人間への復讐を抱くでもなく、静かに生きる事を決意した。
気がつくと僕は、破壊都市へ入り込んだ森に立っていた。
周りを見ても、もう扉は無かった。
マトは、確かにいたのだ。
けれど、本当の事を知る者は、もういないのだろう。
僕が誰に話したって、信じてくれるはずも無い。
それならば。
僕は泣きながら森を歩き思う。
せめて彼には静かな暮らしを与えようじゃないか。
森を抜け出したそこは僕の世界。
けれど、なんだかいつもと違う世界に見えた――――。