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夜中でも、工業街は眠らない。
星に負けじとネオンが輝く夜の街の上を、何かが横切った。
ひょいひょいと、ビルからビルへと飛び移るそれは人影。
何度かジャンプを繰り返した後、辺りで一番高いビルの屋上に辿り着き一息をつく。
タキシードに少々似ている形の、暗めとはいえ真っ赤で派手な服。
同じ色の帽子に靴、青や水色に近い銀色の髪。
帽子の鍔の影になってよく見えないが、少しキツそうな目付き。
顔や体付きを見れば男なのはわかるけれど、少年とも青年とも言い難い、何とも半端な年の頃。
端に立って周辺をぐるりと見回し、何かを探っているようだ。
と。
パンッ!
足元の壁に直径2cm、長さ20cm程度の大きな何かが撃ち込まれた。
「……ちっ」
後ろに飛び退きながらそれが飛んできた方を見ると、他のビルの屋上に数人の男が見える。
耳を澄ますと、その男達の声が聞こえてきた。
「何やってるんだ!その銃の性能なら外す距離じゃないだろう!」
「しかしコレ、超大型動物用のですよ?なるべく急所から遠い所が良いかと思って」
「馬鹿!アイツなら何処に当たっても大丈夫だって、アレほど言っただろうが!!」
銃を構えた若い男に向かって身振り手振りも大きく騒いでいる男は、嫌なくらいに見覚えがある。
金の髪に茶色の瞳、年齢は20代後半から30代前半くらい。
スーツに身を包んでいるものの、首元ははだけ、シャツも適当な感じに出ている。
彼の雰囲気を一言で言えば粗野。
見た目そのままの動作でこちらを睨んで、大声を張り上げてきた。
「サイト!逃げ回ってんじゃねぇ!大人しく戻りやがれ!!」
真っ赤な服の彼の名前はサイトというようである。
サイトは、その言葉に顔をしかめながら無言でそこの屋上から離れた。
「あの野郎…。おい、さっさと追うぞ!」
男は素早く走り出し、屋上から一階直通のエレベーターに乗り込んだ。
ビルの屋上から屋上へ、というのがいつものパターンだったので見つけられてしまうのだ。
そう思ったサイトは、今度は住宅街の方へと向かっていた。
もうすぐ明日になるような時間、恐らく人も殆ど歩いていまいと思ったのだ。
しかし実は、そのように逃げるのもまた、『いつものパターン』だった。
サイトは、あまり深く考えるタイプではないらしい。
だから先ほどの男達は車を飛ばし、住宅街の様々な所を包囲していた。
そんなわけで、普通に道を歩いていたサイトはあっさりと見つかってしまった。
「今度は逃がさねぇぜ!」
自ら大型のライフルを構えて狙いを定める男。
サイトは溜め息をつきながら人様の庭にためらいも無く飛び込んだ。
「あ!こら!!」
男達も追うけれど、そんな時間に大人数で他人のお宅の庭に飛び込んだりしたらどうなるか。
考えなくてもわかる事。
「何ですか貴方達…!!」
…当然、家主達が出てくるわけで。
まして、一番先頭にいる男が大型のライフルなんて持っていた日には。
「銃を持ってるわ!」
「集団強盗か!?警備隊に連絡を!」
と、大騒ぎをされるわけである。
男は舌打ちをしてライフルを背中にまわし、家主の横をすり抜ける。
途中、少しだけ振り返ってこう言うのだ。
「おい、お前等説明しておけ!俺はアイツを追う!!」
こうして事情説明は部下達に任せ、男は一人庭を突っ切ってサイトを追った。
後ろで家主の騒ぐ声が聞こえるが仕方ない。
彼にとって、サイトを捕らえる事が最優先なのだから。
まだ追ってきているのはわかっている。
だからもっと遠くまで逃げなければいけない。
でも、今までだってそう思って遠くへ遠くへ来たけれど、それでも奴らはついてきた。
――…面倒だ…。
そう思いながらいくつめかの人様宅の塀を越えた、その時。
ドンッ
「きゃっ!」
「あ」
着地の際、誰かを踏んでしまった。
そこに人がいるなどと予想もしていなかったのでバランスを崩し、尻餅をつく。
何故こんな所に人が…と少々不満を覚えたが、踏まれた方は不満どころではないに違いない。
とりあえず立ち上がり、踏んでしまった人間の様子を窺う。
そこには、自分と似たような色の服を着た少女が倒れていた。
――子供…。
さらに予想していなかった状況だ。
コレは流石に踏んだのはまずかったと思い、すっと手を差し伸べてみる。
「…大丈夫か?」
少女は、しばらく動かなかったが、やがてゆっくりと起き上がりだした。
「いたたた…」
そしてサイトの手に気付くと、そっとその上に自分の手を乗せた。
乗せたまま、サイトの顔をまじまじと見て、何も言わない。
「……大丈夫か?」
サイトは一応、もう一度尋ねてみる。
すると少女はハッと気付き、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですわ」
そして立ち上がり、スカートなどをパンパンと払う。
「ごめんなさい、ボーっとしてて。まさか人が上から降ってくるなんて思ってなくて」
普通に歩いてる時にそんな事を警戒している人間はいないだろう。
そうツッコみたかったが、自分が悪いのに先に謝られてしまったので少々気まずい。
「いや、俺も足元見てなくて…」
何となく間抜けに返してしまう。
「でも、どうしてこんな夜中にお前みたいな子供が…」
外を歩いているんだ、と言い掛けた所で、塀の向こうから足音が聞こえてきた。
――他人の家の庭を真っ直ぐ追いかけてきたか…。非常識な奴め…。
あの男もサイトに言われては終わりな気がするが。
どうしても捕まえたいなら正しい判断だろう。
正しかった証拠に今からこちらがどう逃げたとしても、姿を見られてしまう距離だ。
まあ、トラブルが無ければ追いつかれる事は無かっただろうけれど。
――仕方ない。
言葉の続きを待ってサイトの目をじっと見ていた少女の手を、きゅっと軽く握る。
「?」
「今からココに変な男が来ると思うが、俺は向こうに行ったと言ってくれ」
「え?」
適当な方向に指を差し、淡々とした口調。
待っていた言葉の続きはない。
どういう事かと問おうとした瞬間、サイトの姿が縮んで消えてしまった。
「…え?え?」
事態を把握できないでいるうちに、誰かが塀を越えてきた。
ドンッ
「きゃっ!」
「うわ!何だ!?」
少女は、動かずそのままの位置にいたせいで、サイトと同じように塀を越えた男の下敷きに。
実に災難だ。
しかも、男はサイトよりもずっと体格が良い為ダメージも大きい。
男も、自分より遥かに小さな少女を潰してしまった事に気付き大慌てである。
「お、おい!大丈夫か!?」
「……え、ええ…何とか…」
ちょっと咳込みながらも少女が返事をしたので、男はホッとした表情を浮かべた。
「悪かったな。まさかこんな所にアンタみたいな嬢ちゃんがいるとは思ってなかった」
「いえ…。私も、さっきの事を考えたら少し移動すれば良かったんですわ」
「さっきの事?」
「ええ、突然上からお兄さんが、おじ様みたいに降ってきたんですの」
『おじ様』という言葉に男は一瞬顔をしかめたが、重要なのはそこではない。
「『お兄さん』って、サイトだな。赤い服を着た」
少女は頷く。
「サイトさんって仰るんですのね。ええ、確かに全身赤い服で銀の髪の」
間違いの無さそうな情報に、男は意気込んだ。
「そいつはいつ、どっちに行った?」
「ついさっき、向こうに行った……」
「よし、わかった。ありがとうな!」
素直にある方向を指差して答えた少女の言葉を最後まで聞かず、男は走って行ってしまう。
「……って言えって仰った後に縮んで消えてしまわれたんですけど…」
話が途中で終わってしまったり、自分の話を最後まで聞いてもらえなかったり。
「…何だかちょっと寂しいですわ…」
ポツリと少女が呟くと、何処からともなくサイトの声が聞こえた。
「…二度も踏まれるとは…お前も大概鈍い奴だな」
「……?サイトさん?」
辺りを見回すが、誰もいない。
だが、やはり声は聞こえる。
「言った事の主旨も理解できてなかったようだし…。アイツが話を聞かない馬鹿で良かった」
とても近くから声がするのに、姿が見えないのでとても異様だ。
「サイトさん、何処にいらっしゃるんですの?」
少女の声に不安が混じり始める。
その時、ふっと少女の身体が何かの陰に隠れた。
「?」
振り返ると、つい今まで確かに誰もいなかった場所に、サイトが立っている。
「…サイトさん…!何処にいらっしゃったんですの?」
驚きの表情を浮かべる少女だったが、サイトは興味無さそうに男と反対側へ歩き出した。
「サイトさん!」
少女が呼び掛けてもそのまま足を止めない。
「あの、サイトさん!」
尚も少女が呼ぶので、サイトはとりあえずといった風に振り返った。
「さっき踏んだのは悪かった。だがもう俺とお前は関係がない」
そしてまたさっさと歩き出そうとしたが、少女が走ってきて服の端を掴んだ。
「サイトさん、大変なんです」
「…何だ」
掴まれた箇所を面倒臭そうに払いながら少女を見下すようにしてサイトが言う。
しかし少女は先ほどまでと違って彼の目ではなく、別の所を見ながらこう言った。
「……伸びてるんですの」
サイトは『何が』と言おうとしたが、少女が見ている所を見てそれは必要ない事を悟る。
「………」
「………」
思いっきり眉をひそめるサイトと、起こっている事がわからず困惑する少女。
二人が見つめる先にあるのはお互いの手。
その手の先から謎の糸が伸びており、互いを繋いでいた。
「あの…こんな事は初めてなのですけど…一体どうしたら良いんですの…?」
少女はオロオロとしていたが、サイトは黙ってその糸を摘み上げた。
そして一言。
「……おかしい」
ぐいぐいと引っ張ると、その糸はどんどん伸びる。
パッと手を離すと、二人の距離ちょうどの長さに縮む。
何ともおかしな糸である。
「この糸は一体何なのでしょう?」
少女の問いに、サイトが短く答えた。
「接続部分」
「え?」
「しかし、もう切ったはずなのに…おかしい」
「『接続部分』って…一体どういう事ですの?」
だが、それには答えずにサイトは少女の肩を掴み、帽子を取って額と額をくっつけた。
「えーと…サイトさん?」
突然の事にどうしたら良いかわからず、少女はサイトの次の行動を待つ。
ようやく離れたサイトは、帽子を被り直しながら顔をしかめて呟いた。
「…しまった、適合者か…。まさかこんな所に…」
「『適合者』?」
サイトは表情を変えないまま、しかし今度は見下す様子なく少女に目を向ける。
「お前、いくつだ」
「?」
「何歳だ、と訊いている」
「私ですか?この前12歳になりましたけど」
それを聞いたサイトは溜め息をついた。
「じゃあ最初からだな」
ひょい、と少女を重さなど無いものの様に抱き上げ、サイトは高くジャンプした。
「何ですの?何ですの一体!?」
驚いた少女は落ちないようにサイトに必死に掴まりながら大声を出す。
「夜中なんだ、静かにしろ。アイツらに見つからないような所で、全部説明してやる」
そして、ぴょんぴょんといくつもの屋根を越えていった。
「……で、アレだけの人数を動かしておきながら逃げられた、と」
「も、申し訳ありませんマスター」
立派な椅子にゆったり腰掛ける中年の男の前で、サイトを追いかけていた男が頭を下げている。
どうやら、サイトの捜索、そして捕獲はこの『マスター』という男の命令だったようだ。
「――まあ良いだろう。そう簡単に捕まるのであれば、とうの昔に捕らえていただろうからな」
男とマスターの間には大きな机があり、尚且つその机から男までの距離もそれなりにある。
それでも男はマスターが口を開く度、その威圧感に押し潰されそうだった。
「何を怯えている?処罰が恐ろしいか?」
「…命令を遂行できなかったのですから、どんな処分も甘んじて受ける覚悟は出来ています」
するとマスターは、薄く唇を開いて笑う。
「私は今回の失敗をさほど気にしてはいない。ゆえに、それに対する処罰は無しだ」
男は驚いて顔を上げた。
「お前には今までの功績というものがあるのだから、この程度の事で切りはしないよ」
「…勿体無いお言葉です」
「引き続き捜索を続けろ。それからもう一人捜索を頼みたい」
「もう一人?」
マスターは机の引き出しを探り、一枚の写真を取り出した。
「…コレは…」
男は、その写真を見て眉をひそめた。
話が終わり部屋を出て、ようやく大きな威圧から解放された男は思わず深く息をついた。
そこにこっそり、若い男が近付いてくる。
「あの…大丈夫でした?」
「ああ、何とかな」
「良かった〜!もしパーシュ様の首がポーンと切られちゃったら俺のせいだなーって思ってて」
「切られなくてもマスター直々に呼ばれたのはお前のせいだよ!」
男――パーシュというらしい――は若い男の頭を拳骨で思いっきり殴った。
「痛ーーっ!!」
そう、この若い男はビルの上で銃を命中させる事ができなかった彼である。
あの時彼がちゃんと銃弾を当てていれば、もうサイトを捕まえる事が出来ていたかもしれない。
「…まあ、その後に取り逃したのは俺だから、無論俺にも責任が無いわけではないが」
やれやれ…と頭をかきながらその場を立ち去るパーシュの後を、若い男がついてくる。
マスターの部屋からだいぶ離れた所で、若い男がパーシュに尋ねてきた。
「俺達みたいな下っ端にはちゃんと教えてもらってないんですけど」
「…何を」
「ずっと追いかけてるあの『サイト』って、何者なんですか?」
「……」
パーシュは足を止め、若い男の顔を見た。
「お前…いくつだっけ」
「は?歳ですか?もうすぐ19歳になりますけど」
「…んじゃ、知らねぇか…」
胸のポケットからタバコを取り出して一服。
そして親指で少し先を指して言う。
「ちょっと長くなるから、あそこで茶でも飲みながらな」
待合室のような所。
他に誰もいなかったので、二人とも大きな椅子にそれぞれゆったりと腰掛けた。
パーシュは、マスターの前という事できちんとしていたネクタイなどを崩す。
どうもちゃんとした格好は苦手らしい。
若い男も彼のそういう所に慣れているらしく、大人しくパーシュが落ち着くのを待った。
「20年くらい前…まだ俺がガキの頃だ」
二人の間にあるテーブルに置かれた灰皿にタバコを押し付けながらパーシュが話を始める。
「絶滅したと思われていた『寄生人』が発見された」
「……何ですかそれ。寄生虫じゃなくて?」
若い男が首を捻るのに対し、パーシュは苦笑した。
「まあ、普通はそう思うだろうな。俺だって最初に聞いた時は一体何かと思ったさ」
とても長い間発見される事がなかったので、学者達の間でしか話題になる事が無かった種族。
それが、寄生人らしい。
「見た目は普通の人間だ。だが、恐ろしい身体能力と長い寿命、生命力を持っている。でも」
「でも?」
「一番恐ろしいのはな、その名の通り『寄生する』所なんだよ」
「何にですか」
「…人間に」
若い男が、嫌な顔をする。
「人間に…寄生?」
パーシュが肩をすくめながら頷いた。
「そう。見事なもんだぜ。誰かに触ったと思ったら、あっという間に見えなくなっちまう」
「…中に入ってるんですか?また、出てくるんですか?」
「ああ、どういう仕組みだか俺は知らねぇけどな」
うわぁ…と小さく若い男が漏らす。
「パーシュ様は、見た事あるんですか?」
「…一度だけな。ガキの時分にそんな衝撃的な所を見てみろ。トラウマになる」
「はー、そうでしょうねぇ…」
「だからどうも俺は、アイツが好きじゃねぇんだよ」
「そうですか…サイトはそんな恐ろしい種族なのですか…」
そう呟いてから、若い男がふと気付く。
「20年前に見つかって、今サイトがいるって事は他にも結構寄生人っているんじゃないですか?だって…」
わかってる、と言いたげにパーシュが右手を前に出した。
「…サイトがどう見ても16、17位だし、繁殖してるんじゃないかって言いたいんだろ?」
「はい」
頷く若い男に、パーシュは肩をすくめる。
「ところがな、20年前に見つかった寄生人ってのがアイツなんだよ。他には見つかってない」
「ええー!?」
大袈裟なまでに驚く若い男だが、それも仕方ない。
あの見た目で自分より、いや、目の前にいるパーシュよりも年上なんて信じがたい事だろう。
「言ったろ?寿命が長いんだよ。俺が初めて見た時から、アイツの見た目は変わってねぇよ」
もう一本タバコを取り出しながらパーシュは苦笑する。
「で、アイツは逃げ回るのが上手いから、世間からはまた寄生人の事が忘れられた」
火を点けたものの特に吸うでもなく、タバコを手に持ったまま考え事をするようなポーズを取った。
「俺から上くらいの奴なら、名前を聞きゃ『そういえば』って思い出すだろうが、普通関係ねぇからな…」
若い男も眉をひそめながら、手を顎の辺りに当てて考え込む。
「流行り廃りみたいなもんですね。…でも、何故そんな種族をマスターは欲しがって…」
そう言った途端、パーシュが身を乗り出して若い男の口を塞いだ。
「駄目だ。そういう疑問を持ってはいけない。…ましてこの建物の中では」
軽く周囲を見回し、そっと若い男の口から手を外す。
「俺達は命令に従うだけだ。良いな」
「…はい」
若い男は、パーシュの行動に驚きながらも素直に返事をした。
そんなに彼を慌てさせるような事を言ってしまったのだろうか、と思う。
結局殆ど吸わないまま落としてしまったタバコを拾いながら、パーシュは立ち上がった。
「さあ、捜索の続きだ。…新しいターゲットの命令も出た事だしな」
「まあ!それでは貴方は人間ではないのですね?」
少女は、ポンと自分の前で手を叩いて驚きの声を上げた。
そして、上から下までサイトをじっくりと眺める。
「普通のお兄さんにしか見えませんのに、驚きましたわ〜」
「…そんなにジロジロ見るな。鬱陶しい…」
「しかもお兄さんじゃなくておじ様でしたのね。あら?それともおじい様でしょうか」
「………」
言葉を失うサイトだったが、少女は一向にお構い無しだ。
「…えーとそれで、コレは?」
相変わらず消えない不思議な糸を引っ張って尋ねる。
「先ほど仰っていた、『適合者』というのと何か関係が?」
「ああ」
サイトは少女と出会った場所からあまり遠くない公園に降り立ち、そこで自分の事情を説明した。
人間ではない事、身体能力や寿命の事、あの男達から追われている事など。
一つ一つ話す度に何かしら反応する少女のおかげで、空の一部がぼんやり薄明るい。
――…もう説明するのが面倒だな…。
「…夜が明けるな…。眠くないのか」
この後どうするか、彼女が寝たらじっくり考えようという事で訊いてみる。
ちょうどベンチに座っている事だし、このまま疲れて眠ってしまったりしないだろうか。
すると、そんな願いを打ち崩す元気一杯の答えが返ってきた。
「昼間寝ておきましたもの、大丈夫ですわ。お気遣いなく。さあ、『適合者』についてのお話を」
物凄いワクワクしている感じがひしひしと伝わってくる。
コレはきっと、話が終わるまで眠らないに違いない。
サイトは思わず舌打ちをしてしまう。
「…俺達は誰にでも寄生できるし好きな時に出て行ける。ただ一人を除いて」
「それが『適合者』ですの?」
「ああ」
糸をビヨーンと伸ばしながら、サイトは頷く。
「仕組みは知らない。でも『適合者』に一度寄生すると、二度と離れる事ができないらしい」
「らしい?」
「…今まで何人か寄生した事があるが、離れられなかった事は無いからな。よく知らない」
適合者に入った奴を見た事もないし、と付け加える。
「二度と…という事は、私とサイトさんはこれから先ずっと一緒、という事ですの?」
「そういう事になるな」
「そうすると、私はどうなるんですの?私も、もう人間では無いんですの?」
サイトはちょっと考えてから答えた。
「そうかもな。お前はこれから、俺と同じ時間を過ごす事になる。人間からすると、長い長い寿命を」
「…」
「?」
今までポンポンと反応していた少女が黙り込んだので、サイトは訝しんだ。
「…どうした?」
「あの…、サイトさんは随分長い間成長されてないんですわよね…?」
「まあ、人間からはそう見えるらしいな」
すると、少女は俯いた。
「私…私…」
みるみるうちに浮かぶ少女の涙を見て、サイトは少々狼狽する。
こういった状況は、あまり得意ではない。
うろたえたままのサイトにグイッと近寄り、少女は言った。
「157cmが目標なのですけど、一体それは何年後になってしまいますの?」
「……知るか」
ガックリとサイトの肩が落ちる。
「そんなの酷すぎますわー!一年に一度の身体測定を楽しみにしてましたのに!」
何を言われるかと一瞬でもビクついてしまった自分が馬鹿みたいだ。
そう思いながら、騒ぐ少女を呆れた顔で見てサイトは溜め息をついた。
――俺は一生こんな奴と一緒にいないといけないのか…。
「もうすぐ140cmに届く所でしたのに…」
まだぐずつく少女に、サイトはうんざりとした。
「おい、とりあえずお前の家に行くぞ」
そして自分の言葉でふと思い出す。
「そうだお前…、何で夜中に家じゃなくあんな所にいたんだ?」
そもそもあんな時間、あんな所に12歳の少女が一人で歩いていたのがおかしい。
出会った時に訊きそびれた事を、もう一度尋ねた。
少女は浮かんでくる涙を拭きながらこう答える。
「私、家出してきたんですの」
「……」
家出。
家出。
…家出?
その言葉を数回心の中で繰り返した後、サイトは頭を抱えた。
――鈍い、ずれてる、うるさい、おまけに家出…。
少女が普通に生活をしてくれれば、自分は何もしなくても生きていける。
『「寄生」人』というその名の通り、宿主が摂取する養分を自分に吸収すれば良いからだ。
多少、少女の食事の量が増えるかもしれないが、成長期という事でごまかせるんじゃないか。
ゆえに、家族の前で姿を現さない限り、それなりに平穏な生活ができるかもしれないと思った。
こちらとしてもあまりに偶然寄生してしまった彼女だ。
奴らが突然彼女の家に押しかけてくるなどという事は考えにくい。
…が。
家出をしたというからには、今から戻ろうと言っても聞くとは到底思えない。
そんなサイトの心中など全く知らず、少女は今度はプンプンと怒り出した。
「私の事を心配して下さるのは嬉しいですけど、お父様ってば全然外に出して下さらなくて!」
このくらいの歳の少女が、父親に反発する事などよくある事だ。
サイトはイライラしながら呟く。
「…素直に家にいれば良いだろう…」
するとすぐさま反論が来た。
「何て事を!私だって世間一般の皆様のように、外でお買い物やレジャーに勤しみたいですわ!」
「…勤しみたいって…」
こんな夜中じゃなくてもうちょっと普通の時間に普通に出かければ良いじゃないか、と思ったのだが。
「私、物心ついてから『外にいる』という行為は、今が初めてなんですのよ!」
少女の言葉に、流石にサイトは驚いた。
「まさかそんな事…。全く外に出た事がないっていうのか?」
「ええ、そうですわ。何か用事がある時も、屋敷の中から目的地の中まで車だったんですもの」
中から中とは何ともおかしな話である。
「……学校は?」
「屋敷に家庭教師の方が来て下さってましたわ」
「…体が弱いとか」
「自分でも怖いくらいに健康優良児ですわ!」
それを聞いて、サイトはふむ…と頷いた。
「それはおかしいな」
同意を得て、少女は身を乗り出してくる。
「やっぱりそう思いますわよね。おかげで私、屋敷内の方以外とは殆どお会いした事無いんですの」
そしてはたとサイトを見る。
「そうですわ!サイトさん、この機会に是非ともお友達になって下さいませ」
「…友達どころか完全に一心同体なんだがな…」
ぺこりと頭を下げる少女に呆れながら、サイトは思う。
――しかし、どう考えてもおかしい。全く外へ出そうとしないなんて…。
そこまでして外へ出さないようにする理由とは…?
「…何か物凄く嫌な予感がするんだが…」
そう言った時、公園の入り口に数台の車が止まった。
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