この国の王子は病んでいた。


誰をも何をも否定する。
王子の心にあるのは、自分だけ。
誰とも話さず、部屋にこもりきりで。

食事を摂ってくれる事だけが、不幸中の幸いと言おうか。
それまでも否定されるようなら、この国は終わりだから。
彼が死ねば、この国の王族の血は途絶える。


けれど、全てを否定するような王子が王になる事を、果たして民は認めてくれるのだろうか?


老いた王は、この先自分が長くない事を知っていた。
しかし、このままでは王子に国を任せるわけにはいかなかった。


「愛しい息子よ、何故お前は全てを否定する?何故全てを受け入れない?」
王が問うと、曇った王子の瞳が王を映し込んだ。
「おかしいのは僕だと思っているんだろう?」
数年ぶりに聞いた王子の声は、少し大人び、落ち着いていた。
その言葉に戸惑う王に、王子は再び口を開く。
「おかしいのは皆だ」
「…おかしい?」
王子は小さく嘲笑した。
「僕が全てを否定する事より、皆が争い殺し合うのは何故かを訊きたいね」

曇ったままの瞳が見る先は、どこか遠い。
「この国は、殺戮が多すぎる」
王は首を振り、力なく言う。
「争いがなければ、お前は普通に生きてくれるのか」
「…どうだろう」
いつの間にやら取り出した懐剣で髪を削ぎ、また笑う王子。
「僕が変わるのではなく、皆が変われば良いのでは?僕のように生きれば、何も殺さなくて良い」
落ちていった髪を踏みにじり、懐剣を投げ捨てる。


王は知っていた。
彼は昔、無差別に殺されていく人々を見てしまった。
優しすぎた彼は、その衝撃に耐え切れなかったのだ、と。
『殺す事』『殺される事』に異常な執着を見せるのはそのせい。
だが、それを知っていたとて、彼を癒す術はない。


「現に僕は何も殺さない。何も殺していない」

王は、意を決して立ち上がり、王子の肩を揺さぶった。
「無理なんだ。生きていく以上、何も殺さないのは無理なんだ」
王子は、何も分からないといったように呆然とする。
「お前が着ているモノは何だ?お前が食べているモノは何だ?お前が…」

王は、そこから先を言えなかった。
曇っていた王子の瞳が、より一層曇ってしまったから。
だが、その瞳に反して王子の口調は明るかった。
「そういう事か。そうだね。…そうなんだね」


王は、後悔した。


そのあくる日、王子は初めて自分の意志で小さな小さな虫を殺した。
すると、曇りきった瞳から涙がこぼれた。
「僕は、愚かだ」



自分の腕に枷をはめ、王子は本当に自分の世界へ行ってしまった。
今度こそ彼は、何も殺さずにその世界で生きるのだ。

閉じた世界で1人きり。


「僕以外に誰もいない、何もない。ねぇ、僕は殺していないよね」

その呟きは、無論自分へ…。





   



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